とおりゃんせ

とおりゃんせ

とおりゃんせ

此処は何処の細道じゃ

天神様の細道じゃ

ちょっと通してくだしゃんせ

御用の無いもの通しゃせぬ

この子の七つのお祝いにお札を納めに参ります。

行きはよいよい

帰りは怖い

怖いながらも

とおりゃんせ

とおりゃんせ


哀しい声が聞こえた。

柳田が拠点としている邸に囲われながら、秀一は、ふとっ聞こえてきた哀しい歌声に顔を上げた。

風に靡く色素の薄い髪とリンと涼やかになる鈴の音…柳田だった。
彼の特徴ある着物の裾も風に流れている。

柳田。その名にも抱える、枝垂れ柳の下で玲瓏な声で、どこか哀しみを籠めながら歌っていた。

とおりゃんせ、と。

声をかけることが憚られて、渡殿で立ち尽くしていると、柳田は歌い終わって、こちらを向いた。

どうしたのか、と問えなかった。
問えずにただ視線だけを絡める。

風が柳田の鈴を凛と揺らす。
静かな時間。

どれくらいしたのか柳田がこちらに近付いてきた。
そして渡殿の横の置石に草履を脱ぐと、秀一を見詰めるほど近くまで上がってきた。

柳田の方が頭一つ分大きいから、見上げるような格好になる。
柳田はそっと秀一の肩に両手を置いた。

「悪いけど膝を貸してくれない哉。
少し横になりたいんだ。」

そう言われて、何も言わずにすぐ後ろの部屋の襖を開く。
そこは秀一が寝起きしている部屋だ。

それに柳田は秀一の腕を掴むと、些か性急に部屋に入った。
秀一には柳田の背しか見えないが、彼が少し荒れているのが分かった。


何があったか、分かる。


柳田がこんな風になるのは。


「百物語が一つ消えたよ」


何でもないように紡がれた言葉。

けれどその裏に悲哀を押し込めて、振り返った柳田は何でもないように笑っていた。
にっこりと。

誰も彼の気持ちは見えない・・・

そして柳田は、部屋の端にあった赤の座布団を持ってくると、視線で秀一を促して座らせた。

そして自分はその直ぐ横にごろんっと横になり、頭を真貴の膝へ預けて見上げてきたのである。

「・・・ねぇ、秀一は『まんば百足』って知っている哉?」

だが柳田が尋ねてきたのは、秀一にとっては分からないことだった。

「いや、知らないが」

そう答えると、柳田は影のある笑みを浮かべる。

「それが当たり前さ。だって『まんば百足』は江戸時代に語られた百物語だからね」

江戸なんて・・・途方も無い。
そう思うものの、その百物語を知っているということは、引っ繰り返せば柳田は江戸から妖としてずっと生きてきたのだろうと気付き何を言えばいいか分からなくなる。

そして彼の言いたいことが分からなくて、自分の膝に頭を預けている柳田の端正な顔を見おろして、彼の髪の毛を手で梳くと、柳田はおもむろに秀一のその手を取った。

「何十、何百っていう物語が僕の目の前で消えていったよ」

柳田の声は淡々としていた。
だが切ないほどの熱を持って、秀一を見上げてくる。

「君は生まれたばかりの物語だ、これからどれだけ語られるのか分からない」

秀一の手を取っている柳田の手が動いて、秀一の手を彼の口の所まで持ってくると、柳田は秀一の手の甲に接吻する。

それは誓いのように。
切ないほどの強さで柳田が秀一を見詰める。

「君は僕のものだ・・・勝手に消えるなんて許さない」

囁かれた語り部の言葉は、熱がこもっている。だが秀一はどう反応していいのか分からずに、困ったように眉を寄せた。

自分は、そう長く此処に留まるつもりは無かった。
今は陰陽師である弟に、祓われたいと願っている・・・その願いはきっと、この語り部の望む事では無いのは分かっていた。


だがその願いは『人』として、最後の願いだ。


「柳田」


名を呼ぶ、自分をこの世に解き放った『語り部』の名。


「何も言わないでくれない哉。」


だが柳田は秀一の手を口付けている方とは反対の手を秀一に伸ばして、その頬をなぞった。

柳田の色素の薄い瞳がつぶさに秀一を映している。

柳田は、秀一の漆黒の瞳を、髪を、端正な顔を・・・瞳に焼き付けるようにジッと見詰め続けた。

チリンッと柳田の耳飾の鈴が微かに鳴る。

静かな二人だけの時間が、脆く崩れ去ることを・・・まだ二人は知らない。




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