竜二の兄act.3
竜二、と呼ばれた気がした。
フッと視線を投げる、けれど其処には見慣れた花開院家の広大な庭が広がるばかり。
寒さの中、吐く息も白い。
視界の先で椿が紅を鮮やかに咲かせている。
古の武士にはその散り際が、首切りを連想させて不吉とされたが。
艶やかに咲いて、そして散る・・・
その潔さがどこか「兄」を連想させて、竜二は椿が嫌いでなかった。
冬の峻烈な風が竜二の漆黒の髪をさらさらと攫う。
「・・・」
名を呼びそうになった。
逝ってしまった「兄」の名を。
もう、いない。
俺を唯一、「弟」にした貴方はいない。
そこまで考えたところで、背後の部屋からゆらが襖を引いて、出てきたのが分かった。
「お兄ちゃん、お茶飲むやろ?」
自分が「兄」と呼ばれる。
それに胸が引き裂かれるように痛む。
俺にも「兄」は居たのだ。
俺のたった一人の「兄」はいたのだ・・・
けれど、それは俺の胸に一つ・・・
竜二はニヤリッと悪童のように笑って、ゆらに
「不味かったら、お兄ちゃんがお前に美味しい御茶の淹れ方をミッチリ教えてやる」
と言ったのだった。
彼の胸の内を誰も知らない。
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