竜二の兄act.1


あの人がいた、日々を忘れない・・・

「覚えておけ、竜二」

俺を柔らかく呼ぶ声も。
射した陽光に照らされて微笑む姿も。

「妖怪は黒、俺たち陰陽師は白だ」

さぁ、と手を取られて、夕焼け紅が差し込む京都の碁盤の道を二人で歩む。
からころと、下駄が鳴っていた。

忘れたくない。

忘れたくなんかない。

けれどもうその顔すら朧下になっているのが哀しかった。



古めかしい作りの建物を横目に、ゆっくりとした足取りで二人は歩んでゆく。

すると、

小さい影がちょうど道の真ん中で動いていた。
妖怪ともいえない土の化生だ。
力の無い、只そこに在るだけのもの。

まあるい黒の毛玉が大小クルクルと5個ぐらい、竜二と「彼」の歩む道の地面すれすれで回っている。
そこで二人は足を止め、すると竜二の頭上から声がかかる。
澄んだけれど凛とした声。

「竜二、我々日本人は八百万に魂があると考えているのを知ってるな」

幼い竜二は、年上のこの兄の言いたい事が分かって頷く、

「あれは其処から産まれたんだろう?」

随分ませた口を利く弟なのに、「兄」は微笑う。

「ああ」

神は人の祈りによって威を増し、人は神の威をもって祝福される。
そういう言葉もあるのだと、「兄」は微笑んだ。
神と妖の差は、この日本でつけるのは難しい。
古の人は雷を菅原道真公の怨霊と考えもしたし、鳴る神とも云い、年月と共に菅原公は神として迎えられた。

人の想いとは、重い力を秘めているのだと、その土の化生に視線を向け、柔らかく微笑む。

「あれはそういった万物への人の想いが生み出したものだ」

土への祈り、京の人々の大地への畏敬の念が生み出した存在。
ああいった小さきものが、やがて大神になることもある。

そしてまた兄は下駄をからころ鳴らして、その横を過ぎる。

「滅さないのか?」

思わず、竜二は尋ねていた。
兄が日頃から云っている。
『妖怪は悪、陰陽師は正義』という言葉通り何故、滅さないのか幼い彼には分からなかった。

すると兄は柔らかく微笑むのだ、

「竜二、俺にもあれが妖か神かの判別は出来ぬのだよ」

人は正義だ、陰陽師は正義。
だが正義は脆いという事を覚えておくのだ、と続けられて、竜二は頷いた。

それは遠い日々の情景。
何年も、幾年も前の情景。

竜二が忘れたくないと願う光景・・・忘れたくなんかない。
竜二はけれど追われる日々の中で、兄の顔すら朧下になっているのが哀しかった。

兄は自分の愚かさ故に消えた・・・
「竜二」とてらい無く自分を呼ぶ人は、もう居ないのだ・・・




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