神泉苑、管弦の宴

都中の貴人がただ一夜の為に集まり…琵琶と竜笛…様々な雅楽を,かき鳴らしている…

その音を横で聞きながら…友雅は酔えぬ自身を自覚していた…もう何杯,あおったか判らないのに…

私を酔わせるのは…ただ唯一の美酒だけだ…この世には無い…真貴殿…

そんな埒もない事を考えてしまう…

そう…真貴殿と初めて出会ったのは此処だった…雨乞いをしていた神事の最中…神気が現れて…そこから真貴殿が降りてきた…愛しい君が…

そこで友雅は遠い目をして夜空を仰ぎ見た…何かを探し探し求めるように…



決して叶わない願いがある…決して罪深い自分が願ってはならないことがある…それなのに願う自分が醜くかった…



友雅はそこで思考を辞めた…これ以上,続けていたら…どうしようもなく心が乱れて取り繕うことすらも…まま成らなくなることを知っていた…


だから上座の帝に呼ばれた時,友雅は僅かにホッとした顔でそちらに向かった。


何かをしてた方が気が紛れる…そうそれが会話でも何でも構わなかった…だから…

「友雅,そなたここで舞ってくれぬか?」

帝にそう言われた時,『諾』と答えた。

二枝手折った…紅葉を冠に挿し,手に持って,この日の為に造られた泉の上の舞台に立つ,軽く息を吸い込むだけで身の内に入ってくる…秋夜の冷たさが酒で僅かに火照った体に心地よかった…

ポオォン,ポォン,ペァン

鼓が打ち鳴らされる…それを合図に私は袖を舞わせた…

ひとひら,ひとひら紅葉が舞う…

その中で…闇の薄暗がりから炎によって,ゆらゆらと映し出された友雅の姿は幻想的で優美だった…

ひとひら,ひとひら紅葉が舞う…

まるで彼の砕け散った心の欠片のように…

ひとひら,ひとひら紅葉が舞う…

『あの時』の白銀の光の欠片のように…

ひとひら,ひとひら紅葉が舞う…

そして…『その時』が来た…


一瞬にして周囲を包む・・・闇を切り裂く光…

だがその光は優しく其処にいる全ての者達に降り注いだ…

突然の光…それに騒ぐ人々…慌しくなる警護の兵…場が騒然とする中,唯一人…友雅だけが呆然としたように…その翡翠の瞳を見開いていた…

喪ったはずの『想い』…それが今,目の前にある…友雅は確信する…それだけで…涙が零れそうになった…

手を差し伸べる…その光に向かって…さながら無罪を請う罪人のように…

「そんな所にいないで降りてきておくれ…」

声が微かに震えた…それでも手を差し伸べる…その光に向かって…まるで掴めない月を掴もうとするかのように…

それに警護の兵は危険を感じて友雅の方に走り寄ろうとする。

「右大臣様!!なりません!!妖の者やもしれませぬぞ!!」

だが彼等は金縛りにあったかのように其処でピタリッと動きを止めた…実際,彼等は動けなかったのだ…何か人外の力のせいで…

友雅はそんな彼等を笑った,この神気の塊とも言える光を妖というなど…少し可笑しくて…

笑えた…笑うことが出来た…

自身の変化に驚きつつ友雅は…それを受け入れて…

鮮やかに…その『光』向かって笑った…心からの笑顔を向けて,手を差し出す…まるで降りてくる天女を受け止めようとするが如く…

「…真貴殿…愛してるよ…」

光が上空から降りてきた…そしてだんだんと人の姿を形創る…漆黒の髪,濡れた黒曜石の瞳,桜色の唇…白い肢体…

友雅が幾日も幾月も幾年も待ち続けた…愛しい存在…

「友雅さん」

甘い声で呼ばれる…もう二度と…一生聞けないと想った声で…

白銀の光を放って…羽衣ただ一つだけを纏って真貴は降り立った…友雅の腕の中に…

友雅は,途端にその感触を確かめるように強く掻き抱き…真貴が抱き締めても消えないと判ると,今度は離さないと言いたげに…真貴の唇に熱く口付けを落とした…舌を絡めて,吐息すら支配しようとする強い意志があって…

二人の濡れ場に貴人達は申し訳ないような,それでいてもっと見たいような気持ちで…真っ赤になった…

暫らくして…唇を離した友雅は真貴の頬を両手で包んで上を向かせる…二年前のように…

彼の翡翠の瞳から涙が溢れて…止めどなく溢れ落ちる…

それは真貴を困惑させた…今まで友雅の涙など見たことが無かっただけに…

「友雅さん?どうかしたんですか?」

オロオロと心配する真貴に友雅はフッと優しく暖かい微笑を頬に乗せると…袖で頬を拭った…

そこで友雅は重大な事に気付いた…彼らしくもなく慌てて真貴を袖の内へと隠す…

それに驚いたのは真貴である,ジタバタと彼の腕の中で暴れ始めた…

「ちょ!!友雅さん!?何ですか!?」

だかそれでも友雅は離して上げる事は出来なかった…何故なら…真貴の着ているというか…引っ掛けているのは羽衣一枚だけなので…

これまで自分に精一杯で気付か無かった友雅だが断じて,これ以上,愛しい真貴の裸同然な姿を衆目にさらす気は無かった…

「シッ,真貴殿…今の自分の姿知らないだろう…まったく何て目に毒なんだ…」

その友雅の言葉に,つい真貴は自分を見下ろす…と…そこで思考が止まった…

「なにこれえぇぇぇ!!」

有り得ない…有り得ない…有り得ない…何で私,布一枚なの…

あまりのショックに眩暈がした…

それでフラッと崩れ落ちる…真貴を手早く脱いだ胞にくるんで抱き上げ,颯爽と友雅は周囲に聞こえるように言った…

「右大臣・橘友雅,これにて退出いたします!!」

そのまま周囲が止める間も無く,牛車に乗り込んだ友雅に一番,上座で事の成り行きを見守っていた帝は声を上げて嬉しそうに笑い…

周囲の者が訝しく思う中,帝は『あの女性は友雅の唯一の北の方だよ』と言って周囲を驚かせた。




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