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あの日、全ての絶望の始まりの朝。
やけに海が騒ぐ日だった。
「サッチ隊長ーーーーーーー!!!!!」
海に揺られるモビーディック号に響いた絶叫でマルコは眠りから揺り起こされた。
自室の扉の外で、駆け回る足音。
泣き声と怒声。
だが敵の襲撃を知らせるはずの警鐘は鳴らされない。
何事かが起こったのだと察して、マルコは素早く寝台から起きると、着替えて部屋を飛び出した途端に、クルー達に囲まれた。
マルコの腕に縋る兄弟達の瞳には大粒の涙が浮かんでおり。
マルコの腕を掴む手が白く、動揺していた、
「ッマルコ隊長!!サッチ隊長が、うぅ!」
サッチがなんだって?
「落ち着けっ俺を案内しろよいっ!!」
嫌な予感しかしなかった・・・
果たして落ち着けと言ったのはクルーにだったのか、自分にだったのか。
心臓がやけにうるさい壊れた様に。
駆ければ、息がなぜか乱れる。
視界で過ぎてゆく人間の顔を全く覚えてない。
それだけ切羽詰っている自分がいた。
ましてや誰と言葉を交わしたのかなんて、覚えていない。
そしてその部屋の近くまで来たとき、マルコの鼻孔を嗅ぎなれた血の匂いがした。
なぜ、サッチの部屋から、と思いながら。
本当は頭の隅で分かってたけれど。
朝からのクルー達の態度と言葉が、全て繋がって一本の糸になろうとしているのを、俺の頭は認めようとはしなかったんだよい。
人だかりが出来ている扉に近付けば、「マルコ隊長だ」と言って人が俺に道を譲る。
そしてひらけた視界の先、其処に、奥に・・・倒れていたのは。
「っ・・・・・」
血に塗れて、倒れていたのは。
その瞬間にマルコは足元が崩れる感覚がした。
『俺は四番隊、お前は一番隊。
それでオヤジを支えて、盛り立てて行こうじゃねぇか!!』
お前はそうやって屈託無く笑った。
『マルコ!ま〜た眉間に皺寄ってるぜ!!』
お前はそうやって場を和ませた。
俺の親友で・・・兄弟。
心臓がやけにうるさい。
「サッチーーーーーーー!!!!!」
こんな時に平静などいられない。
絶叫が咽喉を切り裂くくらいに迸る。
血塗れの兄弟を抱き起こして、揺する
こんな馬鹿なことが起こるはずが無いっ!
起こるはずが無いんだよいっ!!
だって此処は「最強の海賊団」
誰がお前を殺せるというのか。
「嘘だよい!!お前また俺をからかって!!」
けどどうして体が冷たいのか。
その冷たすぎる氷のような体に胸が痛い。
「今なら怒らないでやるよい!!」
どうしてその瞳が閉じたままなのか。
「起きろっっ!!!」
どうして、こんなに涙が止まらないのか、
「サッチーーーーー!!!!」
涙が、止まらない
守りたい、大切な家族を、親友を、兄弟を。
サッチ、お前の『死』を、もう一度と味わうなんて俺はゴメンだよい。
サッチに殴られた傷は癒えた筈なのに、なぜか少し痛んだ気がした・・・
マルコは拳を収めて、溜息を付くと、あえて淡々とサッチに言った。
「もう行けよい」
だがサッチは逆に傷付いたような表情を浮かべる。
「マルコ、どうしたんだよ」
真剣な声。
研ぎ澄まされたかの様な色素の薄い瞳。
サッチが自分の胸をドンッと叩いた。
「ぶつかって来いよ!!吐き出しちまえよ!!」
マルコは驚きで目を見開く・・・サッチはエースへのことで苦言を言いに来た、筈だ。
なのに・・・
「何をお前は抱えてんだ!!」
咽喉から引き叫ぶような程のサッチの必死な言葉を・・・マルコは懐かしいような、胸が熱くなるような、少しの哀しみと共に聞いた。
ああ・・・気付かれてる。
俺の変化に。
気にかけて貰っているんだ、兄弟に・・・
でも、言える訳がないよい。
これから起こる未来は俺だけの胸に収めとくもの・・・
重すぎる未来。
オヤジもエースもサッチも・・・
喪われる未来。
変えてみせるよい。
だから俺は・・・
マルコはそこでサッチを突き放すように覇気を放った。
蒼の鋭い視線がサッチを貫く、それは白髭海賊団一番隊隊長のもの・・・
「口の軽いサッチに、言える訳ねぇだろうよい」
サッチは口は軽くない。
言ってはならないことは、言わないことを俺は知っているけれど。
サッチの傷付いたような、見開かれた瞳が痛い。
「一発殴って気はすんだろう、出て行けよい。」
不機嫌そうに背を向けてみせる。
冷たい声音を出してみせる。
サッチ、踏み込むなよい・・・
俺の茨の道にお前は決して踏み込むな。
サッチ、お前に『未来』を語りそうになって、手を貸してくれと言いそうになる自分を殺すために・・・あえて俺から手を離そう。
そして沈黙。
何を考えているんだろうか、サッチは。
怖くて堪らない。
そしてやっと、背中越しにかけられたのは。
「・・・・・・あぁ、出てくよ」
この一言だった。
たったこれだけでサッチは俺の部屋から出て行った。
足が震えそうだ、俺はボスッと布団にダイブした。
今日はもう働く気が湧かない。
「はは、笑えるよい」
気持ちは体に出て、正直だ。
戦場でもそんなことは無いのに、俺の手は震えていた・・・
上陸まであと、一日と5時間・・・
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