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ノックをしようか、声をかけようか、
かけるとしてどんな言葉をかける?
そんなことを悶々とエースが考えていると、
「そんなとこで何してるんだよい」
後ろから声がした、低く玲瓏な声。
思わず思考が止まる。
「あっ」
おずおずといった風に振り向くと、
其処には、書類を右脇に挟み、
器用に右手で食堂から貰ったのだろう湯気が出ている珈琲を持ったマルコが居た。
「まっマルコ」
思わず上ずった声が出たエースの鼻孔を、
珈琲の香りがくすぐる。
「エース、さっきのことか?」
もう察しは付いてるのだろう、マルコは「入りなよい」と言って自室のドアノブを開け、エースはその後に続いたのだった。
マルコに、部屋の前で戸惑っていたの見られたのが、今は恥ずかしい。
珈琲をコトリッと机の上に置く音が響いた。
マルコは備え付けられている椅子に座り、
エースにはベッドに腰掛けるように勧める。
「で?」
そう切り替えされてエースは正直に戸惑った、立ち尽くしたまま。
エースの黒曜石の瞳は彼の戸惑いを表して落ち着かない、
どう伝えれば良いんだ・・・
マルコからは決定は変えないという意志が強く滲み出ている・・・でもそうじゃない。
俺が言いたいのは、そんなことじゃなくて。
ティーチを一番隊に入れるのに反対なんかじゃない。
ティーチを一番隊に移動して、マルコの仕事が減るなら、
それも海賊団という集団の中では必要なことだって俺だって分かってる。
ただ・・・
決定とか、そういうんじゃなくて。
俺には言って欲しい。
俺は頼りないかもしれない、
でも俺はマルコを支えたいし、一番隊に次ぐ二番隊隊長としてマルコと対等にいたい。
二番隊のことを決める今日の事だって相談されたら俺だってあんなに怒らなかった・・・
違う、怒りというより・・・哀しくて。
「マルコ、俺は・・・」
蒼の瞳がジッと俺を見てる・・・綺麗だな、って思う・・・と、マルコの瞳が驚きで見開かれた。
「エース、お前・・・」
あれなんか俺と似たような言葉だなと思えば、ガタッと椅子から急に立ち上がったマルコに手首を掴まれて、そのまま掻き抱かれた。
心臓がドクッっと大きく脈打つ、羞恥なのか顔が熱い。
この瞬間、マルコのことしか考えられない・・・
「泣くなよい」
そのまま強く抱きしめられて、安心した。
マルコに俺、大事にされてるって抱き締めてくれた体温から伝わる・・・
やばい、マルコに抱き締められてっと、スゲェ・・・安心する・・・このままで居たい。
そして抱き締めていた腕を解いて、緩く俺の腰に回って、上から覗き込むようにマルコが視線を合わせてきた。
くっついてる体温が暖かくて、覗き込んでくるマルコの瞳を見て、俺は後悔した・・・海のような深い蒼の瞳で。
なんでこんなに暖かく、愛おしいものでも見るかのように俺を見詰めてくれるんだよ。
頭の警鐘が止まらない・・・
堕ちるよ・・・
マルコの俺を緩く拘束する腕も、「エース」と柔らかく俺を呼ぶ声も。
何もかも俺にとっては劇薬。
結局、俺は全く話せ無かった・・・
ドンッっとぶつかってサッチはよろけた、
「おぅ、危ねぇ〜気を付けっ」
とそこでサッチは固まる、
其処にいたのは、エースだった。
「エース?」
声をかけても、エースは何処か可笑しい。
サッチは慌てた、
「おいどうした」
真剣に尋ねれば、ゆるゆるとエースはサッチに視線を合わせる、そして・・・
「俺、ヤバイ。」
何がどうヤバイのかサッチには分からないが、それがマルコの所為だろうことは容易に想像が付いた。
なにせこの弟はマルコに会いに行ったのだから。
エースを自室まで送ったサッチが拳を握り締めた。
「・・・マルコの野郎、エースに何言いやがった」
エースがあんなに取り乱すことなんて無かった。
サッチはリーゼントを撫でると、俺がガツンッと言わなきゃなぁと零した。
エースが出ていって暫く経った頃。
マルコが自室でティーチ移動のための書類を整理していると、ノックの音が響いた。
「サッチだよい」
マルコの口調を真似するのが、マルコの感情を逆撫でるものの、懐かしい友人の明るさにマルコは笑う。
「なんだよい、開いてるぜ」
するとサッチが扉を開けて部屋に侵入してきた。
「おい、マルコ」
そしてやけに真剣な声音で呼ばれて、顔を上げると。
腕を振り上げるサッチの姿とバキッッという音。
熱のような痛み、頬に衝撃を受けた。
「マルコ、弟を悩ませてんじゃねぇ」
暫らく殴られて頭が付いて行かなかったものの、サッチのその言葉で合点がいった。
「エースのことかよい・・・」
ティーチを移動にすると強引に進めたから、エースを傷つけた自覚はあった。
サッチはそのことを言っているのだろう。
「あいつは隊長を一生懸命やってんだぜ!」
そんなこと言われなくたって、知ってるよい。
「マルコの思いつきでエースを振り回すんじゃねぇ!!」
違う。
思いつきなんかじゃないよい。
俺はお前もエースもオヤジも守りたい。
ただそれだけなのに、こんなにも難しい。
マルコは殴られて唇の端を切って浮かんだ血を手の甲で拭う。
その傷も蒼の炎で包まれて治ってゆく。
仲間が死んでも癒される自分自身に絶望した能力・・・こんな些細なことで精神的に暗くなる。
マルコはそこでクッと笑った、自身を嘲った。
「ゆるい拳だよい、サッチ」
オヤジがいなくなった後の白髭海賊団一番隊隊長の重責を負ったこと無いのに、
残される方の人間の想いを知らないのに、サッチ・・・
お前は、俺の行動を思いつきと言うのかい?
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