◎お友達 小春side
英和辞典を景吾に返そうと、生徒会室に続く廊下を歩く。教室棟から生徒会室のある棟までは結構距離があるからか、思ったよりも時間がかかっていて。
「なんでこんなに遠いの…」
1人呟きながら眺めた窓の外の空は、綺麗に晴れ渡っていた。そのままぼーっと空を見つめながら歩いていると、前から足音が。
「景吾…!」
「小春?どうした、こんなところまできて…何かあったか?」
「ううん、この間借りた辞書返したかっただけなんだけど…」
私が辞典を差し出すと、「そうだったな」と呟いて景吾は受け取った。
「……」
「どうしたの?」
「これだけか?それだったら、わざわざここまで来なくてもいいだろう」
「あ、うん。最近朝は生徒会室にいるって聞いたから、何かあったのかなって」
「根本さん…?」
「へ?」
誰もいないと思っていた景吾の後ろから優しい声が聞こえてきて、しかも私の名前を呼ぶものだから思わず間抜けな声が出てしまった。そして景吾の後ろから顔を出したのは、生徒会副会長の中島亜子さんだった。
「根本さん…だよね?」
「あっ、はい」
いつも遠くから見ているだけだったけど、間近で見ても本当に綺麗な亜子さん。こうして話をするだけでも私は緊張しているような感じがしてしまう。でも、なんで私の名前…?
「あ、景吾くんに用があったんだ」
「そうなんです、英和辞典借りてて…」
私がそう言うと、不思議そうな顔で私を見つめる亜子さん。うわぁ、目おっきいなぁ。なんて。
「えっと…あのね、敬語使わなくていいんだよ?」
「え?」
「根本さん、私に敬語使ってない?」
亜子さんは、ふふっと笑うと「そんな事ない?」と私に聞いてきた。……かっ、可愛い!
私の中の亜子さんのイメージといえば、お金持ちでクールで美人さんで、いかにも副会長!って感じの人だった。話したことはもちろん無くて、学校も広いからすれ違うこともほとんど無い。私の中で、亜子さんのイメージは自然と決まっていた。
そんな亜子さんの初めて見た笑顔は、可愛くて優しさが感じられた。
「確かに使ってます…あっ!ご、ごめんまた…」
「ふふ、ううん大丈夫。それよりもね、あのね」
「……?」
「私、根本さんとお友達になりたい!」
「……えっ、あ、うんと、私で良ければ!」
「本当に?」
「はい、じゃなくて、うん!」
私がそう言うと、亜子さんは何故だか泣きそうな顔をした。どうしたんだろう?でも理由を聞こうと声を出す前に、亜子さんが先に声を発した。
「ありがとう。…あと、私のことはさん付けじゃなくていいからね」
「んー、じゃあ亜子ちゃんて呼ぶね!亜子ちゃんも、私のことは小春って呼んでね」
「うん、わかった。…小春ちゃん」
「うんうん!よろしくね、亜子ちゃん」
「…話は終わったか?」
「あ、うん」
「じゃ、もう時間ギリギリだからとっとと教室戻るぞ」
「えっ、嘘!」
時計を見ると、確かにもうすぐ授業が始まる時間だった。
「私は保健室行くね。それじゃあね、小春ちゃん」
本日4度目の笑顔もすごく素敵な亜子ちゃんとばいばいし、景吾と一緒に早足で教室へと向かう。
「ごめんね、景吾までこんなにギリギリにさせちゃって」
「それは別にかまわねえけど、他に何かあったんじゃなかったのか?」
「んー…うん、大丈夫!」
亜子ちゃんもいるみたいだし、私が手伝うようなことなんて無いよね。そう思った私は、景吾にそう応えた。…はずなのに。
…あれ?
胸の奥が、ズキンと傷んだ。