学校を終えて志貴が正門に行くと、既に泰河はいた。
色々と改造された単車に寄りかかりつつ煙草を吹かしている姿は様になる。
そのせいか正門を通り過ぎる女子生徒たちは誰もが頬を染めながら、時には声をかける者もいたけれど、ほとんどの視線を受けていた。
それすらも気にした様子はないのだから驚きだ。
志貴の姿を見つけると煙草を落として、足で踏み消す。
「待った?」
煙草を吸っていたということは少なくとも今来たのではないだろう。
志貴の問いかけに泰河は五分くらい前に、と答える。
ヘルメットを手渡されて被ればジャケットも着させられ、志貴はバイクの後ろへ跨った。
それを確認すると泰河も乗り、ゆっくりと走り出す。
行き先は言わずもがな兄の働く店である。
すぐに着いて、ヘルメットを脱ぐとバイクと共に店の前に置いて店内へ入る。
ジャケットも脱いで泰河へ渡せば適当に近くの椅子の背もたれに引っ掛けられた。
「おかえり、志貴。」
「ただいま。」
グラスを拭いていた兄に声をかけられて小さく頷く。
カウンター席へ座ると隣に泰河が腰掛けた。
何で隣りに座るのだろうと不思議に思って見上げれば、昼間渡した本を返される。
面白かった。泰河のその言葉にほんの少しだけ目を見開く。
「全部、読んだ?」
「あぁ。」
「そう。他も読む?」
「あるんなら今度貸してくれ。」
嬉しかった。なかなか同じくらいの歳で神話が好きな人は少ないし、大好きな神話の神と同じ名を持つ人が気に入ってくれたのは素直に嬉しい。
夕食代わりのオムライスが丁度タイミングよく出てくる。
パクリと一口食べると食べ慣れた味が口の中に広がっていく。
ふと横を見れば泰河が志貴を見ていた。
「食べる?」
オムライスを一口分すくって、泰河の方へ向ける。
一瞬キョトンとした顔をしたけれどすぐに泰河は目を細めてオムライスを一口食べた。
「うめぇ。」
「うん。もっと、食べる?」
「くれんなら食う。」
「あげる。」
二口、三口とオムライスが泰河の口に消えていく。
どこか和やかな二人の雰囲気に朱鷺とマスターは苦笑しつつ、何も言わなかった。
噛み合っているようで、その実、ちょっとズレている二人の会話。
結局オムライスの半分ほどは泰河の胃に収まってしまったが志貴は気にした様子もなく残り半分をゆっくりと咀嚼した。
そんな様子を泰河は眺め、何気なく口を開いた。
「俺の家、来るか?」
がちゃーん。泰河の言葉の後に硝子が割れる音が響き渡った。
音の発信源はカウンター内でグラスを磨いてた朱鷺で、手に持っていたはずのグラスは無惨にも足元で砕け散ってしまっている。
「ダメダメダメ!そんなの兄として許せ…」
「行く。」
「って、ぇえっ?!志貴?!」
許せません。と言い切る前に頷いてしまった志貴に、朱鷺は驚いた。
人付き合いが壊滅的な志貴がまさか泰河の家に自分から行くとは思ってもみなかった。
何より‘家に来い’なんてどう考えてもお泊りコースではないか。
それを理解しているのか、いないのか、志貴はもう一度先ほどよりもハッキリした口調で「行く。」と言う。
その返答に満足そうに志貴の頭を撫でる泰河。
兄である朱鷺は気が気ではないのだ。しかしマスターがポンと朱鷺の肩を叩いて、首を横に振る。
一体何時の間にこの二人はこんなに仲良くなってしまったんだか。
この二人が付き合うことには反対しないけれど、展開が急すぎないだろうか?
オロオロする朱鷺を余所に志貴は食べ終えたオムライスの皿をマスターへ返している。
そうして「行く?」と泰河に振り返った。
返事もなしに立ち上がった泰河の後を追うように志貴も席を立って、ひょこひょことその背中について行ってしまう。
「うぅ…志貴ぃ…。」
「諦めなさい、朱鷺君。志貴ちゃんだってもう良い年頃なんだから、経験の一つや二つしたって問題ないでしょう?」
無防備に男の後ろをついて行ってしまった妹を未練がましく見送る朱鷺に、マスターのトドメの一撃が炸裂した。Prev Novel top Next