店を出て泰河の住むマンションに着くと志貴は目の前に立つ十階建て以上のマンションを見上げた。
一戸建てに住んでいるせいかビルというものは何度見ても見慣れない。
口を半開きにしてずっと上ばかり見ている志貴に思わず泰河は噴出した。
その音で漸く我に返った志貴が不思議そうに小首を傾げたが、マンションへ入って行く泰河の後を追いかけて行く。
綺麗な玄関ホールを抜けて小さなエレベーターで最上階まで上がる。
最上階には二部屋しかないらしく、泰河はその片方の扉に鍵を突っ込んで開けた。
志貴にとってマンションに足を踏み入れるのは初めてのことで、視線がそこら中にキョロキョロと泳ぐ。
そんな志貴をとりあえずリビングまで連れて行ってソファーに座らせた。
何か飲み物を出そうと冷蔵庫を開けると、ぎっちぎちに詰まったビール缶が視界に入る。
…銀二のヤツ、どんだけ買い込んでんだ。
呆れつつ扉側からオレンジジュースの紙パックを取り出す。
「オレンジで良いか?」
「?」
座らせたはずなのに、もう窓へ寄って夜景に釘付けになっていた志貴が振り返り、キョトンとする。
紙パックを見せれば「オレンジ、好き。」と頷いた。
カップにオレンジジュースを入れて、もう一つにはビールを注いでテーブルに持っていくと、志貴はいそいそと戻ってきてカップに口を付ける。
本人が言った通り本当にオレンジが好きらしい。
ちびちびと飲んでいる姿に朱鷺の‘大人になれない’という言葉が思い起こされた。
「?」
気付けば志貴の頭を撫でていて、泰河は何とも遣る瀬無い気持ちになる。
普通でいられない。大人になれない。
それは極一般的な社会では受け入れられ難いだろう。
むしろ自分たちが片足どころか両足突っ込みかけている仄暗い世界の方が生きやすい。
……もしコッチで生きるんなら俺が囲っちまえば良い。
そこまで考えて、はたと行き詰る。
…俺が囲う?コイツを?
自分の考えに泰河は思わず志貴をマジマジと見つめてしまった。
何時の間にか頭から引き離した泰河の手を志貴はじっと見つめている。
「…志貴。」
名前を呼べばすぐに黒い瞳が真っ直ぐに向けられる。
子どもと同じ無垢なそれに一瞬たじろいでしまいそうになった。
何とか押し留めて、顔を近づけたが志貴は不思議そうに見つめてくるだけで逃げる様子はない。
兄である朱鷺の話しからすると両親の死から志貴の精神はあまり成長していないはず。
男女の色事なんぞとは無縁で、下手したらそんなことすら知らないかもしれない。
重ね合わせた唇が離れれば不思議そうに自分の唇を触る志貴。
「嫌か?」
「嫌じゃない。何か変。」
「そうかよ。」
もう一度顔を寄せればジッと見つめてくる。
本当に何も知らないんだと実感しつつ、瞼を閉じさせるように手の平で目を覆う。
「こういう時は目、閉じろよ。」
「閉じる?」
「あぁ。」
素直に言われた通りに目を閉じる。そんな所が妙に可愛く見えてしまう。
自分にロリコンの気はないはずだと思いながらも泰河は志貴にキスをした。
すぐに離し、瞼や頬、額などに何度も落としていく。
遊びか何かと思っているのか志貴は時折くすぐったそうにするものの抵抗は一切ない。
これで手を出すなという方がどうかしてるだろ。
据え膳食わぬは、などと言い訳染みたことを頭の片隅で考えつつ、泰河は難無く志貴をソファーに押し倒した。Prev Novel top Next