夕方五時頃になり、そろそろ学校へ通う時間になったため志貴が席を立った。
しかし日も落ちかけて来たせいか客の増えたバーでは朱鷺が忙しそうに立ち回っていて、とても送迎を頼めるような雰囲気ではない。
歩いて行こうと思いかけたところで朱鷺が声を上げた。
「ハデスっ、悪いけど志貴送ってってくれないか?」
未だダーツに興じていた泰河は一度振り返り、ポツンと佇んでいる志貴と忙しそうな朱鷺を交互に見てから軽く頷いた。
二人の様子をぼんやり眺めている志貴。
「高校まで送れば良いか?」
「うん。」
「…これ着とけよ。」
薄いTシャツにパーカーの上着だけしか着ていない志貴がバイクの後ろに乗っては恐らく寒いだろう。
自分のものではあるが革のジャケットを着せてやると、不思議そうな顔をしながらもきちんと志貴は着込む。
身長や体格の差のせいか泰河が着るとショート丈のジャケットは志貴の腰近くまであり、袖から手はほとんど見えていない状態だ。
それでも高校へ行くまでの短い距離とは言え寒い中を薄着で乗らせるのは少々いただけない。
特に自分たちの溜まり場で働く朱鷺はチームが出来たときからいる訳で、仲間のような存在だ。
その妹であるのだから無視することも出来ない。
何より泰河は志貴をそれなりに気に入っていた。
「荷物は?」
「ない。学校。」
置き勉か。ならラクで良い。
連れ立って店を出て、目の前に停めておいた愛用のバイクに乗り込む。
かけてあったヘルメットを渡してしっかり被らせる。
少しもたついてはいたものの志貴が後ろへ乗り込んだことを確認してから、ゆっくりと発進させた。
何時もと違い制限速度より少し速いくらいで走ると気持ち肌寒い気がしないでもなかったが、騒ぐほどの寒さでもない。
程無くして着いた高校の正門前にバイクを停める。
やはりもたつきながらも降りた志貴がヘルメットと上着を脱いで泰河へ手渡した。
「…ありがと。」
「いや。何時に終わるんだ?」
「九時過ぎ。」
「終わったらここに来い。迎えに来てやる。」
ポンと軽く頭を撫でた泰河の手をジッと見て、それからコクリと頷いた志貴。
ジャケットを着込んでヘルメットを首にかけると泰河はバイクを発進させた。
その後ろ姿が見えなくなってから志貴もゆっくりと校内へ足を踏み入れた。
…迎えに来てくれる。
そう思うと自然と志貴の足取りは軽くなった気がした。Prev Novel top Next