朝、まだ日も昇っていないというのに泰河は珍しく目が覚めた。
一瞬誰かが部屋に入って来たのかとも思ったが、それらしい様子もなく、本当に偶然起きてしまったようだった。
普段ならば昼前くらいまで眠っているはずなのに。
無駄に冴えてしまった頭をやや乱暴に掻きながらベッドから起き上がる。
冷蔵庫に入れてあったミネラルウォーターを一気に仰り、一息吐くと、灰皿片手にベランダへ出て煙草に火を点けた。
室内に煙草に匂いが付くのはあまり好きではない。
少し明るくなりかけている空と海を見ながら泰河は美味そうに紫煙を吐き出す。
ゆっくりと顔を出す朝日を意味もなく眺めているうちに、ふと海辺に人影があることに気付く。
それは歩くでもなく流木か何かに座り込んでジッと水平線の向こうの日の出を見つめている。
格好からして恐らく自分とそう歳の違わない女。
こんな朝早くから一体何してんだ?
表情までは見えないが全く動かない様子からして日の出が完全に昇るのを待っているようで、何となく気になった。
わざわざ日の出を見に来るヤツなんてあまりいないだろう。
朝日よりもそちらの方が随分気になってしまい、気付けば完全に太陽は顔を出し切っており、座り込んでいた人物は立ち上がった。
後ろ姿しか見えないが小柄なその人物は歩き去ってしまう。
根元まで燃えてしまった煙草を灰皿で押し消していれば、甘ったるい香りがして腕に何かが絡み付いてくる。
「泰河、早起きし過ぎぃ〜。」
寂しかったんだから、と下着姿のままベランダに出てくる女を見下ろす。
昨夜気紛れに連れ込んで抱いた女だったが今はもう興味も湧かなかった。名前すら覚えていない。
もう一本吸い直そうと箱から煙草を引き抜けば不満げに女が唇を尖らせる。
「ねぇ、も一回シようよぉ?」
そんな気分でもない。少し肌寒いくらいのシンとした空気に女の香水は不釣合いだ。
煙草の香りと混じってしまって味もへったくれもあったものではない。
「泰河ぁ!」
「…うっせぇな。ヤりたきゃ一人でマスかいてろよ。」
「〜〜っっ!!」
女が顔を真っ赤にしながら泰河から離れる。
部屋に戻り、服を着て飛び出すように出て行った。
…これだから女は面倒クセェ。
たった一晩寝ただけで調子づく。
海へ視線を戻せば太陽の光りに照らされた水面が柔らかく陽光を反射させている。
女がいなくなった静けさを心地良く感じながら泰河は銜えたままだった煙草に火を点けた。
珍しく早起きしたはいいが、時間をどう潰そうか。
紫煙をゆっくりと吐き出しながら今日という一日の始まりをぼんやりと考えながら、微かな小波に耳を傾けていた。Prev Novel top Next