「で、久しぶりのバカンスは楽しめたかしら?」
目の前でテーブルに頬杖をつきながらニッコリと艶のある笑みを浮べるフェミリアに、隣りに座っていた少女が困惑を僅かに。
あの突然始まった旅行も終わり、愛すべき祖国に帰ってきた途端に捕まってしまった。
事の発端であったにも関わらず悪びれた様子もないフェミリアにエリスは溜め息を隠す事無く吐き出した。
「確かに良い気晴らしにはなった。往きの扱いがどうであれ、な。」
「やだ、もしかしてまだ根に持ってるの?良い大人が何時までも小さい事に拘らないでちょうだい。」
「睡眠薬で眠らせた挙げ句に逃亡出来ないよう電子錠付きの枷を嵌めて拉致するのが小さい事か?」
「ちょっとした親切心と遊び心よ。ユイちゃんも楽しかったでしょう?」
あっけらかんと言い放つフェミリアには反省の色が欠片も窺えない。
少女はそんなフェミリアに苦笑しつつコーヒーを一口飲む。
フェミリアに振り回されるのは不本意ながら慣れているが、少女まで巻き込むのは
いただけない。
普通であれば激怒するだろうに少女は困った様に眉を下げながらも頷いた。
「最初はとても驚きました。それに服も…、」
あぁ、と服の件も思い出す。
好みを知っている癖にワザと本人の好みでない物を詰める辺りにフェミリアの意地の悪さが滲み出ていたと思う。
「でも、楽しかったです。だからフェミリアさんのことは怒るに怒れません。」
「ふふっ、喜んでもらえて良かったわ。」
「だけど次は普通にしてくださいね。起きたら知らない場所なんて、ちょっと心臓に悪いので。」
次、という言葉にエリスは内心で驚いた。
少女の中では‘次の旅行の機会’があるのだろうか?
フェミリアもそれに気付いたのか満面の笑みで「じゃあ次からは普通に誘うわね。」などと言っている。
そうして荷物の中から土産を出した少女はフェミリアだけでなく、他の研究員用にも大きな箱に詰められた菓子折りを手渡した。
まさか土産を貰えるとは思っていなかったようでフェミリアも研究員達も嬉しそうに少女から土産を受け取る。
和気藹々とした雰囲気だが一応軍の研究所なんだが…。
どこかアットホームな空気の中で漸くフェミリアが本題に入った。
「さてと、帰って来て早々に申し訳ないのだけれど、貴女にまたお手伝いをしてもらいたいの。」
ニコリとした笑みでフェミリアが取り出してきたのは小さな紙袋。
白で、表には赤十字が描かれている。裏には用法用量が記載されていた。
少女が中身を覗き込んで、顔を上げる。
「この薬を飲めばいいんですか?」
「そう。三日間、朝昼夜の三回ね。カプセルと錠剤とあるけど、どちらも一回につき一つ飲んでね。…間違っても多く飲んじゃだめよ?」
「はい。」
「中に表を入れておいたから、一回飲んだら日にちと時刻を記入して確認するように。飲み忘れたらその分は残してね。」
中から少女が取り出した表は三日分で三回、合計九つのマス目が書かれたカードだった。
カードの縁はウサギやらクマやら随分と可愛らしい絵で彩られている。
少女は何も言わずに真面目にフェミリアの説明に頷いていたが、このカードは確かこの国の小児科の病院で配られるカードだ。
子供が薬を飲み忘れないように可愛いカードで作られ、全部きちんと薬を飲んで書き込むと帰りに飴を貰えるのだと、子どもを持つ同僚が話していた気がする。
……完全に子供扱いしてるな。
胡乱な目でフェミリアを見てみても気付かぬフリをされてしまう。
それが‘子供用’だなどとは露ほども知らない少女は「可愛いですね」とカードを見てニコニコしている。どうやら気に入ったらしい。
嬉しそうな少女の横顔を見てしまい、結局それが‘子供用’であることを言い出せないままエリスは溜め息を飲み込んだ。Prev Novel top Next