少女は顔を拭きながらも「笑わないでくださいっ」と、やや憤慨した様子で言った。
本人からすると多分睨んでいるのだろうが、全く怖くはない。
一言謝り、彼女の目の前からバケツを取り上げる。
中の魚達は彼女に水をかけたことで気が済んだのか悠々と泳いでいた。
今だ笑っている他の人々へバケツを手渡し、彼女の下へ戻る。
かかったのが海水だったせいか、拭いた後も顔を気にしていた。
ハンカチを受け取り直し、各テントに設置されていた飲み水のタンクでハンカチを濡らす。
それを軽く絞り少女の顔を拭ってやる。
「あの、自分で出来ますよ…?」
力が入らないように気を付けながらハンカチを滑らせる。
少女の頬に手を添え、顔を上げさせているからか、普段なかなか正面から見ることのない顔がよく見えた。
困ったように少女の手が宙を彷徨う。
「塩が残ってる。」
「あ、だからちょっとパリパリしていたんですね。」
「―――これで良いな。」
話を逸らせてしまえばアッサリ流されてくれる少女に苦笑しつつ、顔から手を離した。
ペタペタと自身の顔を触りながら「ありがとうございます。」と照れた様子で笑う。
魚や貝を調理していた人々から呼ばれ、返事を返し、少女の手を取って手伝いをするべく炭のある方へ向かう。
振り解くことはしないものの少女の戸惑っている気配に気付かないフリをした。
網の上に並べられた魚や貝を見て手伝おうとしたらしい少女がバケツに近付く。スルリと離れていってしまった手にほんの少しの寂しさを感じつつ、その後を追う。
だがバケツの中に残っていたのはタコだけで、少女はタコを見て思わずといった様子で一歩後退りする。
タコは見た目が少々グロテスクなので女性からしたら敬遠したくなるだろう。
傍にいた男が笑いながらタコを掴んで持って行ってしまった。
「あまり気にするな。」
ポンと軽く肩を叩いてやれば困ったように少女は微笑を浮べる。
「何かお手伝いをしたいんです。」
「その気持ちは分かるが…君はもう少し甘える事も覚えた方が良い。」
「甘える、ですか…?」
「君は控えめ過ぎる。」
「そんなことないですよ?」と小首を傾げる少女に苦笑してしまう。
もっと大人を頼るということを彼女は知るべきだ。
…それもこれも、段々ゆっくりと覚えていけば良いか。
既に準備が整いつつあるテーブルへ少女を促しつつ、その小さな背をエリスは目を細めて見つめていた。Prev Novel top Next