薬を確認する少女の手元を覗く。
白い錠剤と、淡いピンクと白で構成されたカプセルがどちらも九つずつ収まっていた。思っていたよりも小さかったそれを一瞥して問う。
「安全面は問題無いだろうな?」
フェミリアがやや不愉快そうに眉を顰めた。
「その辺は大丈夫よ。元々研究が進められてたものだし、血液検査の時に確かめたわ。でも、そうね……少し気分が悪くなったり微熱が出る可能性はあるかしら。」
「………。」
「何よ、そんなに心配なら貴方が見ていればいいじゃない。」
一体何を言っているんだと思ったが、フェミリアは名案とばかりに手を叩いた。
薬を紙袋に仕舞った少女は話の流れに気付いていないのか小首を傾げている。
目の前にいるフェミリアの笑みに嫌な予感が脳裏に過ぎった。
聞きたいような聞きたくないような――…
「ねぇ、ユイちゃん。」
「? 何ですか?」
「薬を服用する三日間はエリスの家に泊まっちゃいなさい。」
「……え?」
案の定とんでもない事を口走ったフェミリアに、少女や自分だけでなく周りで動き回っていた研究員までもが硬直した。
意味がすぐに理解出来なかったらしい少女はキョトンとした顔に、段々と驚きや羞恥を浮かべ、「泊まるって、え?ぇえっ?!」と声をあげる。
軍用機の中で目を覚ました時と同じくらい焦っていた。
余程驚いたのか手に持っていた紙袋には少し皺が出来てしまっている。
幼さの残る顔を真っ赤に染めて慌てふためく少女が憐れで、その背中を落ち着かせるために軽く叩いた。
が、振り向いた少女は更に耳まで赤くなってしまう。
よく見ると首元まで赤い。
言葉になっていない呻きのようなものが聞こえてきたが大丈夫か問いかける前に、少女は頭を抱えるようにしてテーブルに伏せてしまった。
楽しげに笑うフェミリアが「いいじゃない。その方が私も安心だし。」とのたまう。
「うぅ…でも、それは…その……、」
「ほら、落ち着け。」
「あ…ぅ、す、すみません…。」
小さな背を一定のリズムで軽く叩きつつ、少女にコーヒーを手渡す。
少女は赤い顔のままカップを両手で抱えて俯きながら飲む。
今までの様子からしても男に対する余り免疫がないことは分かっていた。
だがエリスに関してはかなり無防備な面が多々あったので男と見られているかどうかも危ういと思っていたが、此処まで恥ずかしがられるということは、少なくとも自分は男として認識されているのだろう。
嬉しい反面、あまり警戒され過ぎても困るものだと相反する思いが胸の内に蟠る。
何とか落ち着いた少女はそれでも頬に赤みを残したまま、フェミリアを見遣った。
「と、泊まるって…そんなことしなくても私は大丈夫ですよ…?」
「でも心配じゃない。もしアレルギー反応を起して体調が悪くなっても、他に人がいれば大丈夫でしょう?」
「それはそうですけど…」
チラリと少女が此方に視線を投げかけてくる。
その目は‘助けて欲しい’と言っている。
フェミリアの詭弁に押されてしまいそうな少女を助けてやりたい気もするが、この機会を逃すのも惜しいと思う自分にエリスは小さく苦笑した。
「私は迷惑とは思っていないが……どうするかは君の意思を尊重する。」
強引に話を進めるのは頂けない。
何より少女の意に反する事をするつもりも毛頭ない。
助け舟にもならない言葉に少女は困った表情のままエリスとフェミリアの顔を交互に見る。
どうにか少女を自分の家に泊めさせようとするフェミリアと、そんなフェミリアに押されつつ困っている少女を眺めながらエリスはコーヒーに口を付けた。
「ユイちゃんはエリスの家に泊まる。はい、決定ね。」
「は、はい…。」
フェミリアの口八丁に敵わず少女が提案を呑まざるを得なくなるのは、それから十五分後の事だった。Prev Novel top Next