自分や部下のように鍛えている訳でもない少女が長時間直射日光の下にさらされているのは好ましくない。
見つけた帽子屋に入れば様々な形の帽子が所狭しと並べられていた。
少女は興味津々な様子で帽子を一つ一つ眺めている。
何で帽子屋に来たのかもしかして気付いていないのだろうか?
シンプルな白いキャップを手に取る。後ろのサイズ調整部分と大きめなツバの外側部分に柔らかなピンク色でハイビスカスが描かれていて可愛らしい。
本当はもっとツバの広い帽子が良いのだが、今の服装にそれでは余り似合わない。
熱心に少女が帽子を見ている間にレジで会計を済ませ、タグを外してもらった帽子を少女の頭に被せてやる。
突然の事に少女は驚いたようだったが頭に被せられた帽子を一度外して見て、目を丸くした。
「これ…、」
「日差しが強いから、被っていた方が良い。」
「リーヴィスさんは大丈夫なんですか?」
「これくらいの日差しなら大した事じゃ無い。」
もう一度少女の手から帽子を取って被せてやれば、礼を述べられる。
相変らず律儀である。しかし、そういう礼儀正しいところが少女らしい。
店から出ると何故か海岸へ走っていく人々が多くいた。店の女性が「これから網引きでもするんじゃないかしら?」と教えてくれたので海岸へ戻ることにした。
言葉通り、浜辺に大勢の人々が集まって大きな網を左右から浜へ引き上げようとしているところである。
漁というよりも恐らく観光客向けのちょっとしたイベントなのかもしれない。
地元民ではなさそうな色取り取りの服を着た大勢の人々は長い引き縄を掴んで、今か今かと楽しげに網を引く瞬間を待っている。
少女は歩道の柵からやや身を乗り出し、それらの光景を眺めた。
「凄いですね。」
それは参加する人々の多さに対してなのか、網の大きさに対してなのか。
目を輝かせて見ている少女の手を掴むとエリスは歩道から砂浜へ下りて行った。
「折角の機会だ、私達も参加してみよう。」
「えっ?参加出来るんでしょうか…?」
「出来なくても紛れ込んでしまえば良い。」
一瞬複雑そうな表情をしたものの、網引きに参加してみたかったのか少女はそれ以上は何も言わなかった。
近付いて行くと更に人々の賑わいがより一層増して、その中に紛れ込むのは容易い。
引き縄のところまで来るとエリスは少女を自分の前に移動させる。
縄を挟んだ反対側に行くつもりだったのか少女は不思議そうにしたけれど、特に気にした風もなく素直に従ってくれた。
そわそわする少女の背中に苦笑していれば、メガホンか何かを使っているだろう男の声が浜辺に響く。
そうして軍手が配られた。
エリスは断り、少女の分だけもらう。
随分と太い縄なので軍手でもしないと少女の手は擦れてしまうだろう。
指示されるまま引き縄を掴み、かけ声に合わせて一斉に縄が引かれた。
大勢の中にいるせいで身動きが取り難い。
だが少女は楽しいようで前から聞こえて来る明るい笑い声にエリスも自然と笑みを浮べていた。
途中少女が転びかけたり、人の波に揉まれたりもしたが網引き自体は予想よりも随分とあっさり終わってしまった。
あれだけ大勢で引いたのだから、それも当たり前だろう。
回収されていく軍手を見送っていれば少女が振り返る。
「凄かったですね!網引きなんて初めてやりました!」
興奮冷めやらぬ様子でニコニコと笑って話す少女にエリスも頷く。
「これだけ大きいのだから、多分大漁なんじゃないか?」
「そうですね。捕った魚はどうするんでしょう?」
少女が首を傾げるのと同時に、また声が響いてくる。
大漁だったこと。捕った魚はこれから参加者全員で食べるということが聞こえて来た。
思わず二人で顔を見合わせた後に笑ってしまう。
係員のような人々に誘導されて網引きの場所から少し離れた所へ歩く。大量のテントのようなものが張られた浜辺にはバーベキューの準備が整っていた。
エリスは少女と共に近くにあったテントに入った。
すでに数人がいたが、二人を快く迎え入れてくれる。
それから魚や貝が沢山入ったバケツを手渡され、各自好きなように食べるようにと言われた。
少女が興味津々といった体でバケツの中を覗き込む。
狭いバケツの中で泳ぐ魚達を眺めているのだろう。
何となく、その姿は池や川の中の魚を眺める子猫のようにも見えた。
同じテント内にいる人々もバケツの中を一心に見つめている少女に穏やかな視線を向けている。
が、そろそろ火の加減も良くなったようなので少女をバケツから離すため、声をかけるべく振り返ったエリスは丁度見てしまった。
「わっ?!」
バケツ内にいた魚に少女が水をかけられる。
余程ジッと見つめられていたっことが気に入らなかったのか、ピンポイントで少女の顔に海水がかかった。
少女のキョトンとした表情が笑いを誘う。
堪え切れずに噴出してしまえばハッと我に返った少女が慌てて自身の顔を拭く。エリスもハンカチを差し出したものの、笑いは暫く収まらなかった。Prev Novel top Next