煙草を吸い終えた後もする事が無く、空を見上げたり、くだらない事を話したりしていると見慣れたバンが一台、研究所の敷地内に入ってきた。
それは徐行で此方に近付き、玄関のすぐ傍――つまりエリス達の目の前で停車する。
開いた窓から顔を出したのは案の定ガーフィルとアレイストだった。
「よぉ、隊長、タイト!なーにぼんやりしてんだ!」
大きく明るいガーフィルの声に壁から背を離す。
「仕方ないじゃないっスかー。ヒマなんスよ。」
「なら走って来い!若い奴は体動かせ、体!!それとも俺と走るか?!」
「嫌っスよー。ガーフィルさんと走ると次の日筋肉痛になるんスから。」
体力自慢、力自慢なガーフィルは確かに驚くくらい持久力がある。
実はこの特殊部隊の中で最も体力があり、持久力があるのはガーフィルだ。むしろガーフィルほど体力のある者は軍内部でも数少ないだろう。
騒いでいる部下を若干呆れ気味に見ていれば、玄関が音もなく開いた。
「あ、」という小さな声に振り返ると少女とリューイが丁度此方を見ていて、歩き寄って来る。
少女の手には行きにはなかった小さな紙袋があった。
視線に気付いたのか少女は紙袋を此方に見えるように少しだけ持ち上げる。
「ちょっと腫れてしまったところがあったので塗り薬をいただいたんです。」
お待たせしました。と申し訳なさそうに眉を下げる少女に首を振った。
騒いでいたガーフィルとタイト、アレイストも気付いて視線を向けてくる。
「あ、この間ぶりだね。」
「元気そうで良かったなぁ。」
「お疲れ様っス。」
三者三様の言葉に少女は一度目を瞬かせてから、それぞれに返事を返す。
少女も夕食を共にする旨を伝えると予想通りガーフィルもアレイストも、ほぼ即答で了承した。
元より人見知りなんて可愛らしいものがない部下達が少女を拒否するはずも無い。
そうと決まればやれどこが良いだの、何が良いだのとまるで言い合いのように意見が飛び交い出す。ちなみにガーフィルとタイトはファーストフードに近いものばかり言っている。
質より量を重視する二人では仕方の無い事かもしれないが。
エリス自身も特にこれと言って食べたい物もなかったため、部下達の会話が収まるまで一歩引いていた。
が、それまで黙っていた少女が口を開いた。
「あの、お鍋はダメでしょうか?」
おずおずと手を上げて意見を述べる少女に全員の視線が集中する。
「「「「「鍋?」」」」」
「はい。お鍋でしたら全員で食べられて、材料さえあれば好きなだけ食べられますから。」
「鍋かぁ。そりゃ盲点だったなぁ。」
どんなに血気盛んな部下達でも、流石に鍋なら投げたりはしないだろう。
見てみれば部下達も乗り気な様子だ。
「あれ?でも鍋の店なんてこの辺りにあったっけ?」
アレイストが不思議そうに問いかけてくる。
…考えてみれば無い。少女に視線を向ければ微笑を浮べて言う。
「もし良ければ私に作らせてください。」その言葉に少なからず驚いたものの、ありがたい申し出でもあった。
部下達は手料理だ何だと騒ぎながら車に乗り込んで行くが、少女が少しだけ困ったような顔をした。反応に困っている少女の背を押してエリスも車へ乗り込む。
どこで作るかという話になると隊長の自宅で、と口を揃える部下にエリスは呆れながらも了承した。
自宅近くのスーパーマーケットで少女と共にバンを降りる。
部下達は先に自宅へ向かわせ、必要な食材は少女と買ってから行く、ということになったのだ。
全員分は多いのでカートにカゴを乗せて少女の隣りを歩く。少女は最初に全員の好き嫌いを聞いてきて、特に無いと伝えると楽しげに食材を選び始めた。
肉中心かと思いきや、野菜もきっちり買い込んでいる辺りが女性らしい。
「そういえば、こんにゃくがありませんね。」
「こんにゃく?」
「えっと私の祖国のお鍋によく使う具材で、えっと…白か灰色っぽい半透明の柔らかいものなんですけど……分かりますか?」
「? いや、知らないな。」
「うーん…やっぱり歯ごたえが好まれないのかもしれませんね…。」
何やら何度か頷いた少女は苦笑しつつ「忘れてください」と言った。
少々気になるけれど、今それを聞く必要性も感じられないのでカートを押して少女について行く。
肉のコーナーでは流石にどの肉が好みか分からないからと選ぶのを頼まれたが、ハッキリ言って特殊部隊の誰もがある程度ならば何でも食べられるので適当で構わないのだ。
雑多に肉を放り込んでいる内に、それに気付いたらしい少女がまた苦笑していた。
結局カゴ二つ分も買うことになったのだが少女に荷物を持たせて下さいと言われ、一番軽い物を頼むことにした。それでも少々不満げではあったけれど気付かない振りをしてしまえば諦めたように袋を持つ。
肉と重い野菜類はエリスが両手に持つ袋の中にぎっしり詰まっている。
少女の手にある袋は入っている物が少ないが、あえてそうしていた。
律儀な少女が荷物を持つと言い出す事くらい最初から分かっていたことだった。持たせて下さいという言葉に軽い袋を差し出した際の、あの何とも言えない表情を思い出すと笑ってしまいそうになる。
慣れてくると何となくだが少女の行動や考えが読めるようになってきた。
彼女の祖国の人々も人伝に聞いた話では礼儀正しく控えめで、よく働くのだと言うが少女を見ていると納得してしまう。
気を抜くとすぐに一歩後ろを歩こうとする少女を歩道側に寄せて隣りを歩かせれば落ち着かない様子で袋を右に左に持ち替えたりする姿は、この国の女性にはない可愛らしさでもあった。
小柄なせいか保護欲を刺激されるのは気のせいではないのだろう。
マンションに到着して部屋に向かうと閉じられた扉から既に声が聞こえている。
…一体どれだけ騒いでいるんだ?
扉を開けて少女を先に通し、自身も入ってから鍵を閉める。
その音に気付いたようで奥から部下達が顔を覗かせた。
「おっ、来たっスね!」
「よく分からないから適当に要りそうな物を出しておいたよ。」
「あ、ありがとうございます。」
買って来た食材を持ってキッチンへ行き、すぐには使わない肉を冷蔵庫へ仕舞う。
少女は袖を巻くって手を洗うとさっそく買って来た野菜を出して慣れた手付きで切り出した。
トントンと一定のリズムがキッチンに響くと不思議と気持ちがホッとする。
このキッチンで自分以外の人間が料理をするなんて初めてかもしれない。Prev Novel top Next