パッチテストのために少女と研究室へ行ってから二日…つまりあの日から三日目の今日、また研究室へ行くためにエリスは愛車を運転していた。
向かう先は言わずもがな少女の住むアパートである。
大通りから離れて脇道を通り、慣れた様子でアパートの正面にある道路の端に車を停車させた。
「ココも久しぶりっス!」
ひょっこり後部座席から顔を出したタイトに、更に隣りに座っていたリューイが頷く。
久しぶりなどと言うが退院した少女を送り届けたあの日から、まだ一ヶ月と経っていないだろう。
そう突っ込みたくなったものの、アパートから出て来た少女が視界に入ったので開きかけた口を閉じる。
運転席から出れば少女が軽くお辞儀をする。それに手を上げて応えつつ助手席のドアを開けた。
後部座席の窓がスライドする。
「お久しぶりっス。」
「……ども。」
正反対な二人の登場に少女は驚いた様子で目を瞬かせ、エリスに振り返る。
せっかくの長期休暇だからとチーム全員で食事でもしようという話が昨日あった。
その際にタイトの「どうせならあの子も誘ってみましょうよ!男だけなんて華がないっス!!」という言葉から始まり、何故か少女の迎えにまでついて来てしまったのだ。
別段問題がある訳では無いのだが、何か腑に落ちない気分になる。
チーム全員との夕飯の事をかい摘まんで話し、一緒にどうかと誘いをかけてみた。タイトとリューイも誘いの言葉を口にする。
「…ご迷惑でなければ、行ってみたいです。」
少し考えてからそう言った少女にタイトが「むしろ大歓迎ッスよ〜!」と騒ぐ。……そんなに男だけでは嫌なのか。
助手席に少女を乗らせ、自身も運転席へ乗り込むと車を発進させる。
後部から身を乗り出して絶えず話題を振るタイトと、それに便乗するリューイに少女は嫌がる素振りも見せずに相槌を打つ。
狭い、とは言わないが任務時に使用しているバンに比べたら広いとは言い難い車内に三人の声がよく響く。
「隊長は何か食べたいモンとかあるっスか?」
珍しく話題を振られ、ハンドルを切りながら僅かに考える。
「…汚れない物なら。」
「なんスか、それ〜!」
カラカラと快活に笑うタイトに、ふっと溜め息にも近い息が漏れた。
以前全員でピザを食べに行った時の事を思い出す。
あの時はタイトとガーフィルのお調子コンビが遊び始めたせいで、ピザの投げ合いになった。
軍人の…それも特殊部隊員達が遊びだったとは言え暴れた店は大変悲惨な事になり、その修繕費やら何やらで馬鹿にならない金額を支払ったのは他でもないエリス自身である。
金には困っていないが後始末は面倒この上ない。
「あ、バーガーとかどうっスか?」
「却下だ。ファーストフードは外せ。」
「えー、美味いんスけどなぁ。」
バーガーなんてピザの二の舞間違い無しじゃないか。
タイトに同意を求められた少女はやや困り顔で曖昧に頷いた。
そんな風に夕食の話をしている間に研究所に到着し、リューイとタイトに車を任せてエリスは少女と共に下車する。
まだ道を覚えていないと言っていた少女のために一歩先を歩けば、背後から微かにホッとした気配を感じて内心で苦笑した。
研究室の扉をノックする。
すぐに扉が開き、フェミリアが満面の笑みで出迎えてくる。
「いらっしゃーい。」
「こんにちは、フェミリアさん。」
「こんにちは。さ、突っ立ってるのも何だから入って入って。」
促されて少女と研究室に立ち入る。
相変わらずテーブルの上にはよく分からない器具やらが置かれ、試験管などが整然と並んでいた。
少女とフェミリアは席につくなり、さっそく結果を調べるために準備を始めてしまう。
横に立つタイトとリューイを見遣れば片や興味深々といった様子で室内を見回し、片や無関心な様子で暢気に欠伸を零していた。
自分も此処にいたところで何の役に立たない。
「リューイ、お前は此処に残れ。タイト、外に出るぞ。」
「Yes,sir.」
「えー、何で外なんスか?リューイだけ残るとかズルいっスよ。」
「此処に居ても私達は意味が無い。リューイは検査終了後に彼女の案内役として残しておくだけだ。」
少女とフェミリアに声をかけてから、やや不満げなタイトを引き連れて部屋を出る。
研究所の玄関脇に出ると快晴の空が少し眩しい。
上着のポケットから煙草を取り出して口に銜えれば隣りから火が点けられる。タイトも煙草を取り出して自身のそれに火を灯した。
別に煙草が好きという訳ではないが不意に吸いたくなる時がある。
吐き出した紫煙が空気に溶け消えていく様をぼんやりと眺めながらも、この平穏さが微妙に落ち着かない。
玄関へ続く数段の階段に座り込んだタイトの口から輪の紫煙が出た。
「平和ってイイことなんスけど、なーんか落ち着かないっス。」
どうやら年若い部下も同じ気持ちらしい。
今までがハード過ぎたのかもしれない。短期、長期に関わらず命懸けの任務ばかりで向かう先は常に弾丸の嵐という状態だった。
そこから一転して急に平穏な‘日常’という場所に戻り正直あまり実感が湧かないのだ。
休暇が終わればまた地獄のように忙しく危険な日々に身を投じる事になるというのに、そちらの方が落ち着くだなんて……一種の職業病にしか思えない。
「…休暇を楽しんでおけ。否応無く、また騒がしい日々に戻るんだ。」
「それもそーっスね。………あ、今の最後の一本かぁ。隊長、煙草余ってるっスか?」
「あるにはあるが止めておけ。持久力が減る。」
「うぃーす。」
あっと言う間に吸い終えてしまった煙草を携帯灰皿に仕舞い、タイトは道路を通る車を眺めている。
その目が左右から来る車に視線を動かしている様子を見ると暇潰しにナンバーでも読み取っているのだろう。
何かと忙しかったせいで最近は煙草を口にしていなかったな。
久しぶりの煙草をゆっくり楽しみつつエリスは空を飛び去って行く鳥を眺めた。Prev Novel top Next