エリスの体格に合わせてオーダーメイドで発注されたキッチンに少女が立つと、小柄な体がより小さく見える。
広いキッチン内を右へ左へ細々と動き回る様はまるで小動物だ。
「すみません、もう一つお鍋はありますか?」
そんなに大きくはない鍋だったからか、少女が振り返って問い掛けてくる。
「鍋は上の棚に入ってる。」
「上ですね。」
「あぁ、だが君では手が――…」
此方が言い終わらない内に少女は頭上の棚へ手を伸ばした。
しかし何とか棚の下部ギリギリに届く程度で、どう考えても中から何かを取り出す事など出来なさそうである。
それでも戸を開いて必死に背伸びをする後ろ姿に思わず笑ってしまった。
後ろから手を伸ばして鍋を取り出し、少女に渡すと恥ずかしそうに視線を泳がせて礼を述べる。
「何か手伝う事は?」
「あ、じゃあお皿をお願いします。」
「あぁ。」
鍋に使うならやや深めで、片手で持てるくらいの物が良いだろう。
人数分の皿を出し、軽く洗い直していれば少女が羨ましげな視線を向けてくる。
「背が高くて羨ましいです。」と肩を落とす様子に首を振った。
今くらい小柄な方が女性らしくて良い。
「おーい、まだかー?」
ダイニングから飛んで来た問いに少女が少し慌てて「もう出来ますっ」と返事を返す。
鍋掴みを探す少女を留めエリスが鍋を運んだ。少女は鍋敷きをテーブル中央に置く。
空腹だったらしい部下達は鍋に視線が釘付けである。
「もう一つお鍋を火にかけていますから、この鍋が終わってもおかわり出来ますから。」
手を洗い、袖を戻しながら少女が言う。
その方法ならば片方が無くなってもすぐに補充出来、尚且つ新しい鍋を作れる。
既にテーブルを囲む部下達の間に座り、どこに座れば良いのか戸惑っていた少女を隣席に座らせた。
鍋の中身を均等に皿に盛り、少女が部下達に手渡す。
食べ始めると戦争のように騒がしさが増した。
「旨っ!すっげぇ旨いっス!!」
「おー、肉いただきー!」
「ちょっと、肉ばかり食べるの止めなよ。野菜も食べたら?」
「…野菜投下。」
「おい、勝手に野菜入れんな!」
「オレももっと肉食べたいっスー!」
「タイト、僕の話聞いてた?」
あっという間に具材を消費して行く様子に少女は小さく口を開けたまま唖然としてしまっている。
自部隊の中ではごく普通の光景であるものの初めて見た者からすれば入る隙間も無いのだろう。
今だ驚きから立ち直れていない少女に声をかけた。
「私達も食べよう。」
「え?あ…はい。」
手渡したフォークに一瞬だけ何とも言えない表情をして、少女も食事をし始める。
それを確認してから自分自身も皿に盛られた具を口に運ぶ。
油っぽくなく、さっぱりとした味が口内に広がった。……これは旨い。
肉と野菜の味がよく出ているし栄養的に見てもバランスが良さそうだ。
以前招いた際には気が付かなかったが隣りに座る少女は猫舌らしく、何度もフォークの先にある具に息を吹きかけ、冷ましてから食べている。豪快に食べる部下達とは正反対に少しずつ齧るように食べている姿が妙に似合う。
互いに鍋の中身を取り合っている部下達を掻い潜ってエリスもおかわりをした。
ふと飲み物がないことに気付く。いや、あるにはあるのだが、それは部下達が勝手に持ち込んだ酒ばかりで少女が飲めそうなものが無いのだ。
一度立ち上がってキッチンの冷蔵庫からミネラルウォーターとグラスを二つ持ち、ダイニングへ戻る。
「熱っ…!」
小さな悲鳴に視線を向ければ、丁度少女が口元から具を離すところだった。
余程熱かったようで少しだけ火傷した舌を出して眉を下げている。
しかし視線が合わさると慌てて舌を引っ込めて恥ずかしそうに視線を逸らせた。
それに内心で笑いを堪えつつ二つのグラスにミネラルウォーターを注ぎ、一つを少女へ渡した。
礼を述べてグラスを受け取った少女が水を口に含む。
それからまた残った具を冷まし、恐る恐る食べ始めるのだ。Prev Novel top Next