頭の良い者を相手にすること程疲れる事は無い。
何を言ったところで手痛いしっぺ返しを受ける事も目に見えている。
現に目の前のフェミリアは妙に良い笑顔を浮べてエリスを見上げていた。
「必要書類はお前が片付けておけ。」
結局折れるしかないのはエリスの方だった。
その返答を聞いてフェミリアは一層笑みを深くすると「もう書類は用意してあるの。」なんてしたり顔で言うのだから性質が悪い。
少女に聞いてみれば今日の検診はもう既に済んでおり、特に問題も見られなかったとの事。
顔色も入院初日と比べるべくも無い程に健康的だ。
未だ患者用の服に身を包んでいる少女に紙袋を渡して私服に着替えるよう促す。
中身を見て礼を述べる少女に看護士がしたのだと言うと感心した様子で「そうなんですか?」と目を丸くした。
着替えさせるためにカーテンを引いてからフェミリアと共に病室を一旦出る。
扉を閉め、脇の壁に寄りかかればフェミリアから数枚の書類を手渡された。
「これ、さっき言ってた後見人の書類ね。一応確認してちょうだい。」
目を通して問題がない事を告げるとフェミリアはその書類を手に、仕事があるからと言って軽やかな足取りで去って行く。角に消えて行った背中を見送ってからまた溜め息が漏れる。
来たばかりのはずなのに気分的に疲れてしまった。
ふぁ…と出かけた欠伸を噛み殺していると病室の扉がスッとスライドして着替えを終えた少女が顔を覗かせる。
「すみません、着替え終わりました。」
「荷物はそれだけか?」
「はい。必要な物はみんな病院にあったので。」
事件の時の服装で、その時に持っていた淡いピンク色の可愛らしいバッグを持った少女の背後の病室をチラリと見る。
忘れた物は無さそうだ。
きちんと畳まれたシーツと患者用の服に少女の性格が滲み出ているなと頭の片隅で思いつつ少女を促した。
ナースステーションに寄って退院届を手早く書いている横で少女は受付の看護士に話かけている。どうやら服をクリーニングに出した看護士に感謝の旨を伝えて欲しいと頼んでいるようだ。
受付の看護士も初めは驚いた顔をしていたがニッコリ笑って頷く。
こんなに律儀だと呆れを通り越して感心すらしてしまうが、とりあえず退院届を出してまだペコペコと頭を下げる少女を半ば引きずるように連れ立って歩き出す。
病棟から出て駐車場へ行けば部下達が大きなバンに背を預けてワイワイと騒いでいた。
…なんだって全員で来たんだ。
思わず眉を顰めたエリスとは裏腹に少女は一度目を丸くしてから、クスクスと笑う。
「あっ、遅いっスよ隊長〜!」
「全く待ちくたびれちまったぞぉ!」
明るく響く声に軽く手を振って応え、少女に振り返る。
視線に気付いてキョトンとした顔立ちで見上げてきた。
「自宅まで送る。」
「え?そんな…申し訳ないですよ。」
「どちらにせよこれからも送迎するのだから、一回や二回増えたところで構わない。」
「? 送迎、ですか…?」
首を傾げた少女。瞬間、頭を過ぎった予想に一瞬顔をが引きつった気がした。
もしやフェミリアは少女に何も告げていないのだろうか?
「何も聞いていないのか?」と問えば「何をですか?」と返される。聞く聞かない以前の問題だったようだ。
面倒を丸投げしたフェミリアの顔を思い出し喉元まで出かかった悪態を呑み込んで少女の背をそっと促す。
「とりあえず車に乗ってくれ。」
素直に頷いて、部下に挨拶をしながらバンの後部席に乗り込む少女に僅かに頭痛を覚えながらエリスは運転席へと移動した。
車のエンジンをかけてゆっくり発進すると後ろから部下達の楽しげな声が聞こえて来る。
少女のような若い女性と話す機会もそう無いので、気持ちは分からなくもないが。
バックミラー越しに目が合ったのを皮切りにエリスは口を開いた。
「さっきの話…君が軍に協力する件だが、」
「え、この子、軍に入るの?」
嬉しそうな、けれど驚いたような声が後ろから問いかけてくる。
「説明は後だ。少々ややこしいんだ。」
「Yes,sir.」
聞きたそうな雰囲気の部下達は後回しだ。
まずは本人に報せなければならない事が山ほどあるのだから。
「まず、これから軍に来る場合は私が送迎をする。」
「どうしてか聞いても良いですか?」
「一般人一人では軍の施設には立ち入れない。それに君の家からでは遠過ぎる。毎日とは言わないが頻繁に通っていては金銭的にも苦労するだろうという配慮もある。」Prev Novel top Next