微妙に納得していなさそうな顔の少女には気付かないフリをする。
「それから君には月に二十万ほど支払われる。」
「………はい?」
「君の口座に月初めに振り込まれる。これは協力に対する謝礼金で――…」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ズイっと後ろから少女が身を乗り出してきた。
走行中なので座席に座るよう促したが、少女は眉を寄せてエリスを見る。
不愉快、もしくは不機嫌ですと言わんばかりの表情だった。
「お金なんていりません。私、そんなつもりで受けたんじゃないです。」
憤慨した体で、少し強い口調で言う少女に頷く。
それは分かっているが少女のする事は労働の一つとなっているのだから、金が支払われるのは極当たり前のことだ。
それに謝礼金が支払われなければ困るのは少女の方だろう。
「君は軍に協力するとなるとアルバイトも辞めるのだから、当然だと思うが。」
「え、」
「…これも知らないのか。本当にフェミリアは君に何も伝えていないようだな。」
混乱している少女を部下が座席に座らせる。
…今度アイツの仕事量を増やすよう上に進言しておこう。
苛立ちを覚えながらもチラリとバックミラーで確認すると困り顔の少女がいた。
言い出した手前、今更断るという事も出来ないのだろう少女の心境を考えると同情を禁じ得ない。
送迎、払われる謝礼金、バイトの辞退、少女が実験で体調を崩した際の事などを話し終えた後も少女の表情は思わしくない。
性質の悪い大人に騙された典型的な現状に溜め息が漏れそうになったが、少女自身が悪いわけでもないので溜め息をグッと押し込む。
「アルバイト先には明日にでも伝えておこう。…君も来るか?」
「……はい。」
「まぁ、あんまり気を落とさない方がイイっスよー。」
「良い経験。」
「そうそう!若いうちに色々経験しておくこった!」
慰めるように部下達が言葉を紡いでいくと、少女は困ったような表情のまま小さく微笑んだ。
少し大人びたその笑みに心拍数が上がった気がしてエリスは思わず眉を顰め、すぐに何時も通りの無表情を顔に張り付ける。
自身の異常に見て見ぬ振りをしながらエリスは少々乱暴にハンドルを切った、
* * * * *
「送っていただいてありがとうございました。」
それなりに綺麗な五階建てのアパートの前で少女がペコリと頭を下げる。
ほとんどない荷物を手に何度も感謝と謝罪の言葉を紡ぐ姿に部下達も苦笑していた。
少女の故郷の国は礼儀や義理を重んじると聞いた事があるけれど、これは流石に己を卑下し過ぎているのではないだろうか。
「いや、これくらい構わない。明日は何時頃アルバイト先に向かうつもりだ?」
「あ…そうですね、十時前くらいがいいと思います。それ以降はお店が混んでしまうので。」
「なら九時半に此方に来よう。」
「すみません、お願いします。」
ついて行きたいと言い出しそうな部下を視線で制してから車へ乗り込む。
本当ならばきちんとアパート内へ入るのを確認したいのだが恐らく少女はそれを良しとしないだろう。知り合って数日だが少女は他人に何かしてもらう事に対して極端に萎縮してしまう傾向がある。
ならば此方が先に引き下がった方が良いだろう。
車の扉を閉めたものの、危うく忘れそうになっていた物に気付き、上着の内ポケットから取り出した。
シルバーのシンプルな携帯電話は少女のもので、それを手渡すと不思議そうな顔をされる。
「すまない。勝手に私の番号を入れてしまったが…問題無いか?」
「え?あ、はい。大丈夫です。見られて困るようなものもありませんから。」
「そうか。何かあったら遠慮無く連絡してくれ。」
後部席から聞こえてくる不満げなブーイングを無視して言えば少女はしっかりと頷いた。
発進し出す車の後ろでは部下達が少女に手を振っている。
此方を見送る少女もそれに気付いて小さく手を振り返していた。サイドミラー越しにそれを一瞥してから走行速度を上げた。
少女の姿が見えなくなると漸く手を下した部下達が座席へ腰を落ち着ける。
これからは色々な意味で疲れそうだと、少女の話題で盛り上がる後部席の会話を聞きながら小さく息を吐き出した。Prev Novel top Next