―――…翌日。少女が入院してから四日目の朝、半ば日常と化しつつなった見舞いに訪れていた。
片手に持った紙袋の中には少女が入院前に着ていた服と靴が入っている。看護士が気を利かせてクリーニングに出していたらしくナースステーションを通りかかった際に渡されたものだった。
病室の扉をノックして入室すると、以前同様エリスは眉を顰める。
ベッド脇に座ってヒラヒラと手を振る人物に思わず声が低くなった。
「フェミリア、何故またお前が此処にいる。」
本来ならば軍施設の方で科学兵器やバイオテロ対策等のために、実験をしているはずだろうに。
仕事を放って来ているフェミリアに流石のエリスも呆れを通り越してむしろ頭痛がするような気がした。
当の本人はそんな事など露知らず、あっけらかんと笑っている。
「だって、今日退院出来そうって聞いたから。粉かけとかなきゃーって思ったのよ。」
「そんなものかけるな。」
「あーら、麻酔弾の安全性が高まった方が貴方達だって良いでしょ?」
図星を指され、一瞬沈黙してしまう。
それをどう解釈したのか少女は慌て気味に口を開いた。
「あ、あの、私で良ければご協力させてください。」
一体何を教えられたのか、少女はまるでそれが自分の仕事だとでも言うような目をしている。
確かに麻酔弾の安全性が向上する事については異論はない。
しかし少女はアレルギー保持者。実験が常に安全とは限らないし、そうなれば定期的に検査や事後観察なども入ってくるだろう。
それらは決して楽な事柄ではない。
命の危機とまではいかないが、ツラい事も多々ある。
巻き込み、あまつさえ入院にまで追い込んだ此方に協力する義務も責任もない。
少女は元の生活に戻れば良い。
「軍の施設で行われる実験は、採血や軽い検査では済まされない。時には何日も施設で過ごして経過観察をする場合もある。…第一、君の体に良くない。」
アレルギー保持者に、そのアレルギー要素を近付けたり打ったりするなど軍事関係でなければふざけるなと言いたいくらいだ。
軍人でもない…守るべき一般人にそんな事をさせるなんて冗談じゃない。
だが少女は首を横に振ると先程よりも一層強い眼差しで見つめてくる。
やや茶がかった透き通る瞳の真っすぐさにエリスは一瞬たじろいでしまった。
そんな様子に気付いた風もなく凜とした雰囲気で少女は言う。
「つらいことも、苦しいこともあるのは分かっているつもりです。…どこまで頑張れるかは、ちょっと分かりませんが…。」
ふっと少女の固かった表情が和らぎ、幼い顔に微笑が浮かぶ。
「私は私が出来ることなら、どんなことでもやりたいです。それが誰かのためになるなら、お手伝いさせてください。」
誰かのために私が何かを出来るなんて、とても素敵なことですから。
躊躇いも迷いもなく柔らかな笑みを浮べながらハッキリとそう言い切った少女に言葉を失う。
自己犠牲とも言える性格と、どこまでも他者を想う心。エリスが生きてきた人生の中でここまでそれが強い人間と出会ったのは少女が初めてだった。
漸く人生のスタートを切り出したばかりとも言える二十歳の少女を改めて見つめ直した。
視線が合わさったままの瞳は既に‘決めてしまった’者の目である。
この目をした者には何も言っても無駄なのだと、これまでの経験を通して理解しているエリスの口から溜め息が零れ落ちた。
「――…君の思うようにすると良い。」
「…ごめんなさい。その、心配してくださっているのに…」
やや投げやりになってしまった言葉に反応して少女がしょんぼりと肩を落とす。
別に怒っているわけでもない。ただ少女の頑固さにほんの少し嘆息してしまっただけだ。
「構わない。…だが、フェミリア、何か行う時には私に報せろ。」
「勿論。貴方がこの子の後見人になるんだもの、必ず貴方を通すわ。」
「「……後見人?」」
唐突な言葉に少女と綺麗に言葉が重なった。
フェミリアが酷く楽しげに笑っているのが癪に障る。
「どういう事だ。」
「だって一般人が軍に出入りすると色々と疑われるでしょう?貴方みたいな仕事一徹の愛国者が後見人なら周囲も口出ししないでしょうし。」
合理的なのにフェミリアが言うと何故か納得が行かない。
少女は突然持ち上がった話の内容を理解するので精一杯らしく、目を瞬かせている。
麻酔弾を当ててしまった罪悪感もまだあって強く出られない事を理解した上で、あえてそのような提案を平然と述べたフェミリアに頭痛がしてきた。Prev Novel top Next