「…リーヴィス、さん…?」
近くで聞こえた声にハッと我に返る。
気付けば少女を腕の中に閉じ込めるように抱き締めていた。
薄い肩も細い体も簡単に手折れてしまいそうな程に脆弱で、こんなにか弱く小柄な少女がたった一人で生きようとしているのかと思うと無意識に抱き締める腕に力がこもってしまう。
何故だか分からないが放っておけないと頭の中で誰かが囁いている気がした。
今、腕の中から離してしまえば二度とこの少女は他者に頼らぬまま生きて行くのではないか。
「…君の望みは当然のものだ。親の愛を欲しがるのは子供としては当たり前だ。だが君の両親はきっと君を愛し、大切に思っているだろう。…ただお互い離れ過ぎてしまい、どう歩み寄れば良いのか分からないだけだ。」
思ったままに、言い聞かせるように話してやれば細い手が弱々しく服を掴んでくる。
「そう、でしょうか…私は、わがままじゃない…ですか?…父も母も、私を……愛してくれているので、しょうか…?」
「あぁ。……頑張っていたんだな、君は。」
「っ…、」
眼下にある黒い髪を出来うる限り優しく撫でると、少女の手に力がこもる。
寄ってきた肩は震え、微かな嗚咽が聞こえて来た。耐えるように押し殺された泣き声は悲痛な色を滲ませている。
幼子のようにしがみ付いてくる少女の頭を撫でながら、己が少女をずっと子供のようだと思っていた理由を知った気がした。
泣く事も甘える事も出来ずにずっと寂しさを胸の内に押し隠したまま育ってきた少女は、体は大人になっていても、心は幼い頃からの孤独を引きずり続けてきたのだろう。
少女は幼い頃から我慢してきたのなら、今から甘えれば良い。
すぐには無理でも、何時か少女が両親と蟠(わだかま)りなく笑い合える日が来るまで、一歩ずつ歩み寄れば良い。
まだ若い少女には幾つもの可能性と未来があるのだから。
「声を抑えるな。泣きたい時は目一杯泣けば良い。」
促すように背をトントンと軽く叩いただけで腕の中から聞こえて来る嗚咽が増した。
言葉として拾えるのは、‘お父さん’‘お母さん’という単語だけで、後は言葉にならずに静かな病室の空気に溶けて消えていく。
触れている場所から広がる温かさに気付けば自身の肩の力も抜けていた。
こんなに人と触れ合うのは久しぶりで、忘れかけていた人の温もりの心地良さが身体の芯に沁みていくようだった。
ふんわり鼻腔をくすぐるほのかな甘い香りに目を閉じる。
柔らかい感触と触れれば壊れてしまいそうな脆さが腕の中で震えている。
己に出来る事は今はただ弱い少女を抱き締めてやる事だけしかない。
艶のあるサラリとした黒髪を指先で何度も梳きながら、少女の嗚咽が聞こえなくなるまで大丈夫だとエリスは囁き続ける。
それから数十分…もしかしたら一時間以上経っていたのかもしれない。
嗚咽が止み、規則正しい息と共に腕の中の存在が微かに重みを増した。
そっと覗き込んでみれば目元を赤く腫らした少女は案の定眠りに落ちている。
その細い体をベッドに横たえて、涙の跡を指の腹で軽く拭ってやり、シーツを肩まで引き上げてやった。
赤くなってしまった目がそのままでは明日が大変な事になるだろう。
廊下に出て近くにいた看護士に保冷剤と清潔な布を貰う。布で包んだ保冷剤を持って病室に戻ると少女はまだグッスリと眠っている。
泣く、という行為は心身共にとても疲れるから恐らくそう簡単には起きないだろう。
保冷剤を少女の目元に当てて、あまり冷え過ぎないよう注意しながら腫れている場所を冷やしていく。
少女は時折小さく身じろぐものの嫌がる素振りは見せなかった。
そんな風に気を付けつつも冷やしていれば少女の目元は大分腫れが引き、赤みはまだ残っているものの最初に比べればかなり良くなっている。
手の内にある保冷剤も溶けて柔らかくなっていた。
返しつつ、自身も帰るために立ち上がり病室を出て、通りかかった看護士に少女が眠っているのでゆっくり寝かせてやるよう伝えて病棟を出る。
肌寒い風が体を撫でていき、そこで胸元が冷たく感じて見てみれば服が濡れてしまっていた。少女の涙であることは疑い様も無い。
…人は、あんなにも泣けるものなんだな。
冷たい服とは裏腹に胸の内が温かくなるのを感じながら、エリスは己の愛車まで歩き出した。Prev Novel top Next