残った一つに腰掛けて少女を見遣ると何とも表現し難い感情を瞳に滲ませて此方を見つめている。
それに気付かないフリをしてエリスは話を振った。
「そうだ、これを渡そうと思っていた。」
手にしていた封筒を差し出せば、首を傾げながらも少女は素直に受け取る。
「アルバイト先の給料だ。頼んでいただろう?」
「あ!…ありがとうございます。」
「礼なら部下に言ってくれ。」
「はい。でも、ありがとうございます。」
バッグに封筒をしっかり仕舞ってから振り返った少女は何か表情が硬く見えた。
それを不思議に感じつつも沈黙に沈み込んだ病室の静けさに、エリスは耳を傾ける。
外から聞こえて来るのは時折廊下を歩く看護士や患者の足音くらいのもので、シンと静まり返った室内に先ほどよりもずっと居心地の悪さを実感していた。
何か話題を振ろうにも話せるようなものがなく、さてどうしたものかと悩み始めた頃、不意に少女が口を開いた。
「父と母に、会いましたか…?」
ともすれば聞き逃してしまいそうな程に小さな問いかけにエリスは頷く。
「あぁ。君によく似たとても礼儀正しく、穏やかな夫婦だった。」
「そう、ですか…。」
「…何かあったのか?」
「いえ、何も……何もありませんでした。」
言葉とは裏腹に逸らされた顔は暗く沈んで見えた。
両親と会ったというのに何故そうも暗い表情をしているのか。
問うべきか、問わないべきか。そう悩んだのは一瞬のことで、結局放っておく事も出来ずにエリスはそっと問いかけた。
「君は、両親とは不仲なのか…?」
その問いに少女は少し驚いた顔をし、すぐにゆっくりと首を振って否定する。
「いいえ。たぶん、仲は良いのだと思います。」
「多分?」
自信無さげな返答に少し眉を顰めてしまう。
まるで自分では分からないと言うような様子に問い返したエリス。少女は小さく頷く。
「父も母も忙しい人で、小さい頃もあんまり一緒にいた記憶がないんです。一度我が侭を言って困らせてしまったことがあって、それから大抵のことは一人で出来るようにしていたので…。」
合わせた手の平の指を組んで、まるで祈るように目を閉じた。
「今回も忙しいから来てくれないと思っていました。もちろん、父と母が来てくれて嬉しかったです。…でも結局話せたことなんて一言二言で、親子らしい会話なんてほとんど出来ませんでした。――…本当はたった一言で良いから「心配した」と言って欲しかったんです。」
それは私の高望みなのかもしれませんね。
キツく閉じていた瞼を押し上げて寂しそうに笑う少女にツキリと胸が痛んだ。
子が親の愛を得たいと思うのは至極当然の事。
それを高望みなのだと考える事自体おかしいのだ。Prev Novel top Next