女性はすぐに顔を囚人の方へ向けたものの、片手で柔らかそうな生地のショートパンツの後ろにあるポケットから携帯を取り出す。
そうして自然な動作でカーテンの隙間の正面へ移動した。
見えていないにも関わらず携帯を開けて、メール作成画面を立ち上げると後ろ手のままボタンを押し始めた。
【はんにんは へやの まんなかに います】
それは知っている。エリスは内心で突っ込んでしまった。
だがボタンを押す指は止まらない。
【ひとじちは ななにんで けがにんは きょうしつの うしろ】
【けがは ひどくない】
【けがにんは ひとり のこりは まどぎわ】
【まどの かぎは ぜんぶ あいています】
【はんにんは ないふを いっぽん もっています】
見えもしないのによく打てるものだと、どこか感心しながら窓越しに携帯の画面を見た。
それから、ほんの僅かに戸惑うように指がボタンの上を右往左往したかと思うと、最後の一文が打たれる。
【たすけて】
窓の向こうで携帯が閉じられ、カーテンの隙間がエリスを隠すように閉められた。
暫しカーテンを眺めてみたが開く気配はない。
仕方なく窓から離れ、一旦先程の教室まで戻る。
人質は全部で七名、怪我人一名は教室の後方、残り六名は窓際で立たされているようだ。
きっと窓に近寄った時に撃たれぬよう、壁代わりにでもしているのだろう。
女性から得た情報を頭の中で整理し、付けたままだったイヤホンマイクで部下と通信する。
「Hello,RED DOG.」
【―…Hello,GOLD DOG.】
すぐに部下からの応答があった。
待ち遠しかった様子で、どこか声が弾んでいる。
それに苦笑しながらもエリスは話しを続けた。
「人質七名、内一名は負傷しているが酷くはないらしい。怪我人は教室後方。廊下側に机のバリケードがあったが突入時に支障はない。…囚人と人質との距離は約3m。」
【カーテンがかかってるんで、外からの狙撃は無理っスよ。】
「分かっている。…突入準備と見取り図の暗記は済ませてあるか?」
【OKっス。】
一瞬、突入すべきか考えたが、人質の女性が打った最後の一文が頭を過ぎった。
訓練を受けた軍人であっても己に武器が向けられれば、恐ろしいと思う。
一般人の、それも女性にしてみれば恐怖で震え上がっているはずだ。
あの状況で携帯を操作する事は危険であると分かっていただろう。
それでも行動を起こした女性の事を考えると躊躇っている暇などないように思えた。
デジタル仕様の細身の時計で時刻を確認し、エリスは顔を上げる。
「なら突入する。俺の獲物も持って来てくれ。」
【Roger.…Good bye,GOLD DOG.】
「Good bye,RED DOG.」
通信を切り、外を見やれば部下達が足早に大学の校舎に向かって来るところである。
すぐに腕時計を確認して、ポケットの中から煙草を取り出して火を付けた。
壁に‘禁煙’と書かれた張り紙が見えたが今更消すのも面倒なので無視してしまう。
そうして煙草を二本程吸い終える頃に部下たちがエリスのいる教室に音もなく入室してきた。
エリスはすぐに時計を見る。
…十二分ジャストか。
「遅い。」
吸い口ギリギリまで火の灯った煙草片手に、そんな第一声を発したエリスに部下たちは苦笑した。
「隊長と一緒にしないで下さい。」
「そうっスよ。隊長は別格なんスから。しかも公共施設は禁煙なんスよ〜?」
「知ってる。」
「…後で文句言われても知りませんっスよ。」
部下の出した携帯灰皿に煙草を押し付けて火を消し、己の扱い慣れた武器を手早く装備する。
あっという間に数キロもする装備の数々を身に付けたエリスは相変らずの軽やかな動きで廊下に出た。
隊員は四人、エリスを合わせると部隊人数は五人。
内二人はベランダから突入するよう指示をする。エリスと残り二人は廊下からだ。
足音が立たぬよう注意を払いつつ、教室のすぐ目の前まで来る。
エリスは教室前方のドアで立ち止まり、部下二人を後方のドアへやった。
既にベランダでは二人の隊員が今か今かと突入のタイミングを待っている。
「RED DOG,準備は良いか?」
【YES.】
「十数えたら突入する。――…三、二、一…GO!!」
エリスの掛け声に合わせて全員が教室内に突入する。
ベランダ側の二人は勢いよく窓を開けると、傍にいた人質を押し倒すように床へ伏せさせ、囚人へ銃口を向けた。
後方のドアから机のバリケードを蹴り飛ばして侵入した二人が、床に転がっていた怪我人を廊下へ引きずり出す。
エリスも突入してすぐに囚人を目視すると手にしていた拳銃を向けた。Prev Novel top Next