ジープを飛ばして十分程で到着した大学の周辺は既に立ち入りが規制され、何十人もの警察と遠目から写真を撮ったり様子を窺ったりしている取材陣と野次馬達が大学の傍を囲んでいた。
ほとんどの学生は逃げ遂(おお)せたのか大学の敷地と道路を分ける塀の周りに固まって寄り集まっている。
何とかジープを正門の脇へ停めて中から降りれば、現場の指揮官だろう警察官一人がこちらへ来た。
「状況は?」
「最悪です。あそこに立てこもった囚人はどうやらナイフで生徒達を脅しているようで、最初に抵抗した男子生徒が一名、負傷していると保護した生徒が言っておりました。…怪我の程度までは分かりませんが。」
怪我をした者がいるということは、怪我の程度が大なり小なり早く救出しなければなるまい。
警察官が指差した教室はカーテンが締め切られ、中の様子を窺い知ることは不可能だ。
突入するにしてもまずは教室の構造と人質の人数が把握出来ない限りは行えない。
「囚人は何か要求しているのか?」
「逃走用の車両と五百万ドルを三時間以内に用意しろと。」
「先に偵察でも行ってきましょうか?」
ジープから降りた部下の一人が声をかけてくる。
偵察は必要だが、その男は少々大柄過ぎて目立ってしまう。
「偵察は俺が行く。お前らは何時でも行動出来るよう、準備を整えておけ。」
「Yes,sir.」
随分楽しげに返事を返した部下に警察官は一瞬変な顔をした。
事件だというのにウキウキしているのだから、当たり前と言えば当たり前である。
背負っていたライフルと腰に幾つかあった拳銃を外して部下に預けると、エリスは鈍く光りを反射させるシルバーの拳銃を一丁、それから予備の弾倉を腰の専用ベルトに数本差し込んだ。
邪魔な武装を解いてかなり軽装になった体は軽く、拳銃に弾を装填し直すと警察官が手渡してきた大学の見取り図へ目を通す。
それを覚えるとさっそくエリスは大学へ駆け出した。
大勢の警察官が見守る中、あっと言う間に正面玄関に辿り着いたエリスは助走をつけて飛び上がる。
そうして片手が正面玄関の屋根の縁に届くと、ガッチリ掴んで己の体を上へ引き上げた。
音もなく屋根から二階のベランダに滑り込む。
窓の縁程まで体勢を低くしたまま階の端まで駆け寄り、排水用のパイプを壁に固定する金具に足をかけて三階のベランダの手摺へ思い切り飛び移った。
ギシリと小さな悲鳴を立てたものの排水用のパイプが壁から外れる事はなかった。
…だがもう一度使うには少々心許ない。
開いていた窓から三階の教室に侵入する。
机や床には教科書やノートが散らばっており、誰もが慌てて避難した様子が手に取るように分かった。
建物内は不気味なほど静まり返って物音一つ聞こえない。
足音を立てぬよう注意しながら教室から廊下へ滑り出る。
通常であれば行き交う生徒や教師がいるだろう廊下も今はどこか物悲しげだ。
頭の中に叩き込んだ大学の見取り図と己のいる場所を瞬時に重ね合わせ、階段のある方へと足早に進む。
壁からそっと階段の様子を確かめてみたものの特に以上はなさそうだ。
一段飛ばしに駆け上がり囚人が立てこもっている教室のある四階へ辿り着く。
同時に何かがぶつかり合うような派手な音と、恐らく人質のものだろう悲鳴が聞こえてきたことにエリスは思わず眉を顰める。
音を頼りに目的の教室まで行ったものの扉の窓も廊下側の窓も机の山で中がよく見えない。
警察などが入れないようにバリケードでも築いたつもりなのだろう。
あまり意味のないそれに一度視線を向け、エリスは二つ手前の教室へ戻り中へ入った。
窓を開けてベランダに飛び降りる。
再度立てこもりの教室へ近寄った。
締め切られたカーテンに影が出来ている様子からして人質は窓辺に立たされているようだった。
己の影が出来ぬよう身を低くして壁際をゆっくりと進む。
一番端のカーテンにほんの少しだけ隙間があった。
そこからそっと中の様子を覗くと廊下側に積み上げられた机の山と、教室の中央にいる囚人服の男が見えたものの余り視界はよろしくない。
これでは人質の人数が分からない。
どうしたものかと考えたとき、ふと隙間のすぐ傍に立つ人質に目がいった。
生徒だろう顔は見えないが、自身よりも若い女性は寄りかかるように窓の縁に手を添えている。
随分華奢で細い腕だと思いながらもエリスは窓を軽く叩く。
聞こえるか聞こえないかの絶妙な力加減のだったか、窓越しに女性の肩がピクリと跳ねるのを見た。
それから囚人の隙をつくようにチラリとこちらを振り返る。
恐怖にやや潤んだ黒く大きな瞳とほんの僅かに視線が重なった。Prev Novel top Next