「大丈夫だったかい?」
店に入った志貴にマスターが開口一番、そう聞いた。
こくりと頷く志貴に怪我をした様子もなかったためホッと柔らかく笑うと、すぐにオムライスを作りにかかる。
そんなマスターを横目に泰河は志貴を手招き、カウンター席の自身の横に座らせた。
志貴が座ると銀二もどこからともなくやってきて泰河の反対側の席を占領する。
「椅子で殴ったんだってな。どうしたんだよ?」
「うんうん、しーちゃんって意外とドメスティック〜ぅ!」
泰河はともかく、銀二の言葉に別の席にいた愁から「使い方が間違っていますよ。」と突っ込みが入る。
もちろん銀二はお構いなしである。愁も気にした様子はない。
聞かれた志貴はうんと頷いた。
そうして思い出すように視線を宙に彷徨わせたあと、言葉を続ける。
「腹が立った、から、殴った…?」
「俺に聞くな。」
疑問系で言う志貴に泰河はカウンターに頬杖をつきながら脱力した。
志貴は兄に視線を移し、視線だけで問われた朱鷺は苦笑して「まぁ、色々あって。とりあえず志貴が相手の子の言葉に怒って思わず椅子で…みたいな感じらしい。」とだいぶ端折って伝えた。
どこか納得していない顔を泰河はしたものの、それ以上追求する気はないらしい。
銀二はむしろ‘椅子で殴った’という部分が気になっているようだ。
「椅子なんかよく持ち上げられたねぇ〜。」
「背中のところ、掴んで、こうした。」
「あ〜。えーっとぉ、遠心力だっけ?それ使ったんじゃん?」
「わかんない。」
と、椅子を横から振るようなジェスチャー付きで話す志貴に銀二は興味深々だ。
話を聞いてみれば、背もたれの柄の棒部分を掴んで勢いをつけ、横から滑らせるように半ば投げ捨て気味に相手の顔面の方へ椅子を振るったらしい。
元々力がないので大事にはならなかったのだろう。
こんなことを泰河か銀二がすれば相手の額が少し切れるどころではない。
軽くても数針縫うほど切れるだろうし、頭部なのだから下手をすれば相手を脳震盪で昏倒させることも出来るだろう。
…そのようなことは置いておいて、まずは志貴が怪我をするようなことにならずに済んで良かったと内心胸を撫で下ろしながら朱鷺はカウンターに座る三人を眺めた。
楽しげに状況を聞く銀二に、無表情で話す志貴、そんな二人に呆れつつもしっかり話しに混ざっている泰河。
「……兄離れってやつかなぁ。」
「今夜、一杯いかがですか?」
「すんません、お言葉に甘えます。」
そっと、優しく声をかけてくれたマスターに朱鷺はしょんぼりと肩を落としながらも頷く。
その肩をぽんと叩いてからマスターもカウンターに座る三人を微笑ましく眺めた。
「ちょーっと、しーちゃんに椅子は重かったんじゃなーぃ?」
「うん、重かった。」
「そういうトキわぁ、椅子じゃなくて教科書の角とかぶつけてやれば大怪我とかしないんじゃーん?」
「…みみっちいな、それ。」
「え〜?でも本の角ってジミに痛いんだよぉ?オレ、一回愁にヤラレたもん。」
「どうせその本汚しちまったんだろ?」
「そうそう!さっすが泰河ぁ、よく分かったねぇ。」
「それしか思い浮かばねぇっての。」Prev Novel top Next