まだ日も上がらない早朝、志貴はむくりと起き上がった。
隣りには未だぐっすり眠っている泰河がいる。
一度泊まりに来てからは習慣のように志貴は泰河のマンションへ入り浸っていた。
そのせいか開いている部屋には志貴の服やら私物が段々と増えている。
視線を逸らせばベッドの脇に壁へ背をつけて座っているカエルのヌイグルミをジッと見つめ、それからそっとベッドから足を下ろす。
絨毯の敷かれた部屋を出て、冷たいフローリングに足をつけた。
その途端、志貴の体がグイと室内へ引き戻される。
「…どこ行くんだ。」
いつもよりも寝起きでやや掠れた低めの声に志貴が振り返れば、肩口に顎を置いた泰河の眠たげな青い瞳と視線がかち合った。
「朝日、見る。」
「……あぁ。」
どこか納得したような声音がして、腕が離れていく。
代わりに昨夜泰河が着ていた上着がバサリと肩へかけられた。
そうしてベッドへ倒れ込むように入ってまた眠りこけてしまう。
志貴はそんな泰河の様子を見てから静かに廊下で足を滑らせた。室内でも肌寒い空気が肌を撫でていくが、かけられた上着のお陰か思うよりも寒さは弱い。
リビングの窓からベランダへ出て海を見やれば、後少しで朝日が水平線から顔を出そうとしているところである。
柵に寄りかかるように海を眺めていれば丸い朝日がゆっくりと顔を出した。
その弱く爽やかな光を全身に浴びて志貴は目を閉じた。
すぐ後に温かな感触が背中全体を包み込み、志貴が瞼を押し上げて振り返ると、寝ていたはずの泰河は薄着のまま後ろから抱きしめていた。
「…寒ぃ。」
「…戻る?」
「あぁ。」
泰河は志貴の問いに返事をしながら小さな体を抱き上げる。
そうして足で窓を閉めてリビングに入り、自室へ戻ってベッドへ志貴と共に寝転んだ。
温かな体温に志貴が目を閉じれば泰河はその小さな頭を優しく髪を梳きながら撫で、その柔らかな感触を楽しみながらも泰河は穏やかに訪れた睡魔に身を委ねて目を閉じた。
朝、泰河が目を覚ますと志貴は隣りにいた。
ただ眠っていたわけでもなく、寝転んでいたわけでもなく、隣りに座り込んだまま窓から差し込む朝日で本を読んでいた。
それは志貴が泰河に貸した以前の本とは別のもので、泰河がまだ読みかけの本である。
泰河の読んでいる途中の部分に栞を挟んだまま志貴はページに視線を落としていた。
いつもと変わらず無表情ではあったものの、どこか真剣味を帯びた横顔を泰河はぼんやりと眺めていた。
顔立ちは特に突出するほど綺麗でも可愛くもない。
無表情だし、銀二のようにお喋りでもない。
それでもたまに笑った顔は無邪気で子どもっぽく、意外と分かりやすい裏表のない性格は好感を持てる。
視線に気付いたらしい志貴がふと顔を上げて泰河を見た。
「…おはよ。」
「……はよ。」
数度目を瞬かせた後、また本へ視線を落としてしまう。
沈黙が支配するも存外嫌な静けさではないなと思いながら泰河はベッドから起き上がった。
クローゼットから適当にロングのTシャツとダメージジーンズを引っ張り出し、読書に集中している志貴の横で着替える。
時間は十時。
何時もと比べると珍しくやや早起きなのには理由がある。
ベッドサイドに放られていた携帯を手に取り、見慣れた名前に電話をかけた。
【もしもしぃ?】
五コールの後に眠たげな声で電話に出たのは銀二だ。
寝起きだということが一発で分かる。
「…やっぱまだ寝てたか。」
予想通りとは言え呆れながら呟くと、なんかあったっけぇ?などと銀二が言うものだから、泰河は思わず携帯を潰さんばかりの勢いで握り締めた。
「今日は族潰すって言っただろ、昨日。」
【そうだったっけぇ、全然覚えてないやぁ。】
「………。」
あははーと携帯越しに呑気に笑う銀二の顔を容易に想像し、泰河は深い溜め息を零す。
そうして来るんだろうなと声を低くして問えば、ありえない言葉を耳にした。
【ムリだしぃ、オレ今日ガッコー行くもーん。】
「………は?」
ばいばぁーいと声がして、どういう事だと聞き返すも既に通話は切られていた。
…アイツが学校?
槍でも降るんじゃないかと苛立ちながらも泰河は窓の外をチラリと盗み見る。
空は心地好いくらいの快晴だった。Prev Novel top Next