よくあること(迅)
会えなくなってからああ、私あの人のこと好きだったんだなんて気づくことはよくあることだと思う。少なくとも私はそうだったのだ。
中学の時は先輩が卒業して会えなくなってからああ、あの先輩のこと私好きだったんだなんて思ったしつい高1の時も先生が異動してからあの先生のことちょっと好きだったのかもなんて思った。
つい最近だって、そうだ。
「俺は次の大規模侵攻の時、ここにいない」
そう何を見てるかわからない迅さんが言っていた。
「どうして?」
「そうするのがこれからのボーダーと三門市に大きく利益を生むからだよ」
「どこに行っちゃうの?」
「わかんないけど、ずっと遠いところにずっと長い間行かなきゃならないんだ」
「遠征?」
「まぁそうだけどお前が知ってる風間さんとかが行ってるやつとはちょっと違うかな」
「なんだか難しいね」
玉狛支部の屋上からは星が見える。みんながいなくなったり寝静まったりするようなこの時間に迅さんと二人でこうやって話すのがとても好きだったしよくあることだった。今となってはすぐに本人に尋ねることはできないが、迅さんもそうであったらいいなんてそんな都合のいいことを今となっては考えてしまう。
「今度の大規模侵攻の時、お前は大事なキーマンになると思う」
「私が?」
まさか私にそんな大きな仕事が来るなんて思ってなかったから思わず変な声が出てしまった。
「そう。お前にしかできないキーマンの仕事があるの」
「それは?」
「残念ながらそれは見えない。でもお前が直感でこっちだって思った方を信じて進めば、良い未来に繋がるんだ」
何を見ているかわからない目は私の方へ向いた。
「信頼してるよ。お前ならできる。キーマンとしてだけじゃなくて三門市を頼む」
そんなことを言った次の日、もう迅さんはここにいなかった。
「迅さん?ああ、遠征に行くって言って今朝早くにここを出たよ」
宇佐美ちゃんに、そんなことを言われて迅さんがいなくなったことを初めて知る。迅さんは何を考えて昨夜明日出発だってことを言ってくれなかったのかはわからない。
期間は無期限。誰もいつ迅さんが帰ってくるかわからない。
「明日出ますって一言くらい言ってくれたっていいじゃない」
十数時間前まで一緒にここにいたのに。
そう屋上で一人愚痴を言う。お別れの一言くらいあったっていいじゃないか。
「まだ行ってないよ」
その声でふと顔をあげると、そこには今ムカついていた迅さんがいた。
「何で出発って言ってくれなかったの」
「お前が悲しむかなって思って」
「そのままいかれた方がずっと悲しい!」
「…と思って戻ってきたよ」
迅さんの手が私の頭をポンポン撫でた。
「行ってくるよ」
「うん。気を付けてね。ちゃんと生きて帰ってきて」
「もちろん」
迅さんの手が私の頭から離れていく。迅さんは背を向けた。そしてそのまま屋上からいなくなっていた。私はこのとき気づいてしまったのだ。行かないでなんて願っている自分に。離れることを拒んでいる自分に。
ああ、まただ。
私迅さんが好きだったんだ。
迅さんはいつ帰ってくるかわからない。でも、彼は私に生きて帰ってくると約束してくれた。それが今までの恋とは違っていた。
「…待っててみようかな」
また、いつになるかはわからないが、迅さんと私は必ず会える。それまで、私は待ってみよう。うまくいくかどうかなんてわかんないけど、なんとなく、私の心は迅さんしか動かせない。そんな直感的な予感がしたのだ。
私はここで待ってるから、だからどうか無事で。
そんならしくもないことを考えながら、秋の爽やかな晴れた昼下がりを屋上で過ごすのも、たまにはいい。そう思った。
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