19
一連の流れが意味不明だったことはわかっている。
ツンツンと頬に尖った感触を覚えて目を開けると、ルッチさんの相棒ともいえるハットリが小さく鳴きながら私の頬をつついていた。隣でルッチさんは静かに目を閉じていて、衝撃を受ける。
…ルッチさんって、寝るんだ(失礼)
あまりに寝息も立てない静かな寝姿に、息をしているか心配になったけれど、無事息をしていることがわかった。
そんなことより、何故ハットリが私を起こしたかというと、また来客のようだった。ノックがあったわけでもないし、声をかけられたわけでもなく、ただその人の丸い瞳が窓から私たちを見つめていた。それに気づいた時には、驚きと一瞬の恐怖で「ひっ」と声がでたけれど、見たことがある顔であったことに、心臓が落ち着き始める。…確か、彼は
「…カク、さん?」
「…わしの名前を知っとるんか、ニナ」
「…カクさん、こそ。」
窓の淵にたっている彼を見上げて話す。部屋にどうぞと促してみるけれど、断られてしまった。
「のう」
「?はい」
もう一度しゃがみこんで私の顔をしばらく見つめるまんまるの瞳。逸らされることがないそのまっすぐな目に思わずたじろいでしまう。
「どんな手を使ってルッチを手懐けたんじゃ?」
「て、手懐けたわけでは…」
「体か?」
「っち、違います。そんなことしない。」
想像よりぶっとんでいる質問が飛んできて、カッと顔が熱くなった。体、とかそんなの。私にできるわけがないというか、そもそもルッチさんと恋人とかでもないし、…いやいや想像するだけで申し訳なさすぎる。
ただ、とにかく、このカクさん、からは、明確に、私への敵意のようなものを感じる。それだけはちゃんと自分で分かって、身を守る気持ちがあった。
「ここでルッチが起きてしまっても面倒なんじゃ。付いてきてくれんか」
「…わかりました」
それは確かに、怒られそうだ。それはもうものすごく。そう思って返事をすると同時に、腕をするりと掴まれる。そのまま肩に担がれると、周りの屋根の上をぴょんぴょんと、って
「ひ、ぇえ!!」
「やかましい。耳元で騒がないでもらえるかのう」
「だ、だだって!っひいっ!」
たぶん、離しはしないだろうけど、重力と衝撃に恐怖を感じてカクさんの首にしがみつく。あんな敵意を向けられた人に、と思うけどっそれどころじゃない!落ちるっ
ようやく、ちゃんと地面についたのは私がよく足を運ぶ海岸で。肩からゆっくり下ろされたけれど、足が震えて立ち上がれない。めちゃくちゃ怖かったよ、あれ。すごい平然とした顔でいるカクさんがすごすぎると思う。
「ニナ」
「はっ、はい…ッ!!?」
そんな足が震える中、急激に私を襲った殺意にはっと気づき、私に迫ってきた刃を後ろに跳んで避ける。(足が動いてよかった)もちろん、その襲撃はカクさんからのもので。
「ほう、避けると思わんかった」
「な、なにを」
「本気の、手合わせせんか」
殺し合いじゃ。
そう言って構えられた二本の刀。
なんだ、なんなんだと混乱をしながらも、向けられている殺意は本物で、ゴクリと唾を飲み込む。ダガーナイフを構えると、満足そうに口元が歪み、そのまま私に斬り込んできた。二本の刀から交互に繰り出される斬撃と、六式と呼ばれる武術。それを受け流し、避けるのに精いっぱいで、私は攻撃を与えられない。
最初に感じたカクさんの敵意。
それは「私を殺したい」もの、だったろうか。
いや、…私には、そこまでのものに感じなかった。
むしろ、どちらかというとそれは
「隙ありッ」
「―――――ッ!!」
弾かれたダガーナイフと、そのまま砂浜に倒される体。手を踏みつけられ、そのまま一本の刀が…私の体を貫きはしなかった。胸に突き付けられたそれは、少しでも動けば私にささっていくであろう距離。
「…何を、考えておるんじゃ。死にたいんか」
「…カクさんから感じる敵意は、確かに本物です。…でも、その殺意は、嘘に感じるから」
「…」
わしを嘗めとるんか、と手を踏む力が更に強くなる。
下手したらもう少しで折れてしまうだろう。
「…ルッチに気に入られとるからか知らんが、平和ボケじゃ。それは」
「違い、…ますよ。私は、カクさんだからそう思うだけ」
「何いっとる」
「こちらの台詞です。…何をそんなに妬いているの」
そう、どちらかというと、それは…嫉妬に近いもので。私が多く、赤髪やローや、ドフラミンゴから感じてきたそれに近いもの。
ただ、その嫉妬は、彼らとは違う、…
「……何、を」
「カクさんは…ルッチさんに嫉妬、しているみたい」
「…違う」
「何をそんなに、求めているんです…?私、にできることは」
「違うっ!!」
ザクッ
と、音を立てて刀が砂に埋まる。
頬をかすめたその刃に、私の赤い血がかすかについていた。カクさんの丸い瞳の奥が揺らぎながら私を見下ろしている。
カクさんは、ルッチさんの何に嫉妬しているんだろう。ルッチさんにはあってカクさんにないもの。
…ないから、欲しくなってしまう、もの。
そう思考を巡らせていると、ぽそ、と降ってきた小さい声。
「…羨ましいんじゃ、ルッチが」
「…カク、さん?」
「わしは、わしらは、道具のはずじゃ。政府や天竜人の道具。…なのに、それでもルッチは、」
本気で、お前が好きだというから
…なんて、悲しそうな顔をするんだろうか。
目元も多くは帽子で隠れているし、口元なんてほとんど見えない。
それでもわかる。
今、カクさんがあまりに悲しくて寂しい顔をしていること。その原因を私に訴えようとしている。彼がルッチさんを羨ましがっているのは
「カクさんも…人を愛してみたいんですね」
「…わからん。…それをわしがしていいのかも」
「だめな人なんていないです。カクさんも、同じ」
人が人を好きになるのに権利なんていらない
それが海軍でも海賊でも、CP-0でも、
なんでも。
「――――…そうか」
私の言葉を最後まで聞くと、刀を抜いて体を起こす。私の手を引いて起き上がらせてくれた。踏まれていた足は、少し、痛いけれど。刃がかすった頬をカクさんが撫でて、血をぬぐってくれる。ピリと痛みが走った。そんな私に「のう、」と小さく声をかけてきたカクさんを見上げる。
「それが、ニナでもええんか」
「えっ」
衝撃の一言。
まっすぐ見つめられ、頬が熱くなる。
「…き、気持ちに応えられることは…その、保証できません、が」
「ふ…ルッチも、そうなんじゃろ?」
「えっと…はい」
「それでもいい。…お前を好きになってええか」
ストレートな言葉にドキリと胸が跳ねた。
今日ほぼ初めて話して、何故か手合わせをした、だけなのに。
そんな私、を、どうしてなのか
…いや、好きにどうしてなんて、ないのは自分も知っている。そんなに恋なんてした経験は、ないのだけれど。
だから、
「…はい。」
「じゃあ、とりあえずわしとデートでもどうじゃ」
さっきまでのカクさんと同一人物とは思えないくらい、柔らかい微笑み。頬を少し染めて、私の手を取った彼の誘いに、私も微笑みながらコクリとうなずいて、それに応じた。
甘く痺れるかなしばりそれが、人を愛する気持ち
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