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  15


ザアアと降り続く雨を見つめながら、この前ロシナンテさんが置いて行ってくれたバームクーヘンを一口かじる。ふわふわとした触感と甘さに顔がほころびながらも、背中が癒えてなお、仕事に行けないふがいなさをかみしめていた。
休養という名の謹慎を言われて早2週間。それもまだあと4週間あるかと思うと…なんとも憂鬱な気持ちになる。(背中の怪我が怪我なので、一か月半という長い期間だ)
私の頭に浮かぶのは、たくさんの人たち。

デートに誘われ、プレゼントも贈られ、口説かれたかと思えば、…キスも、されてしまった。私の心を引き合う人たちの顔が浮かばれ、顔が熱くなる。なぜ自分がこうなっているのかも、よくわからない。
ヒナさんほうが美人だし、たしぎさんの方が仕事も優秀なのに。(たしぎさんなんて、年下なのに上司だよ…)海軍としても未熟、女としても…あまり、経験もない私が。

「…どうしてなの、」

その一人から贈られた簪を見つめ、指で転がすとリンと鈴が鳴る。未だに忘れられないあの緊張感と、もう一つの簪への罪悪感。消えることがないであろうそれを胸にしまい込む。


はあ、と短くため息を落としてから、部屋を出た。
土のにおいと、雨の音。ぱちゃんと水たまりを踏みながら歩みを進めていく。見慣れた街並みも、人が少ないだけで違って見えるものだ。
とぼとぼと歩みを進めていく。
そこまで強くないと思っていた雨が、少しずつ強さを増していって、私の体をどんどんと濡らしていく。不思議と寒さはなくて、結っていない髪の毛から滴る雨水も、どこか心地よく感じてしまった。
いつも通う八百屋のおばさんに、傘を貸すかと声をかけられたけれど、濡れたい気分だからと断る。そのままじい、と顔を見つめられるものだから、きょとんとしてしまう。

「元気かい?」
「え?うん。大丈夫ですよ」
「…無理しちゃだめだよ」

私の気持ちを察してくれたのか、そういって林檎を一つ掌に乗せられる。サービスだというそれを、ありがたくもらって、私はまた歩き出した。

いつの間にか足を運んでいたのは、やはり海で。
雨のせいで高くなっている波を見つめながら、海岸へと進む。岩場を乗り越えながら、お気に入りの場所へと向かった。岩場を乗り越えていかなければいけない野原へと通じていて、きっと、この島の人では私しか知らないであろうそこ。
ポーチュラカが一面に咲き誇る、場所。

雨の雫を花弁にまとって、重そうに首を揺らしている花たちの中に一つ、置かれているベンチ。私はそこで、花と、海を眺めるのが好きだ。任務に失敗したとき、スモーカーさんに怒られたとき、昇進したとき、海賊を捕まえられたとき。辛いときはここで元気をもらって、うれしいときは更なる活力を得た。
私の、大好きな場所。
全身びしょ濡れのまま、ベンチに腰を下ろすと、気持ちが落ち着く。
雲が広がる空を見上げて、目をつむる。
顔にぽつぽつと感じる雨の感触。

頭を冷やすには、ちょうどいい。





――――――、雨が止んだ


…だけど、雨の音は止まない。
ふ、と目を開けると、黒い傘、とまぶしい、金髪。
じい、と大きな瞳に見下ろされていることに気まずさを感じながら、彼へと話しかけた。

「…どうして、ここが?」
「岩場を上がっていくのが見えて、気になってついてきた」
「…そう、残念」
「秘密の場所だったか?だったら、他言しない」
「…でも、貴方には、ばれてしまった」

見下ろされた姿勢のまま、会話をする。見た目よりもさわやかで優しい声のその人。左目に、やけどの痕…だろうか、それが残っているのが少しだけ、痛々しい。思わずそこへ左手を伸ばすと、触れた温かい頬がぬくもりを思い出させる。それにしても、この顔、どこかで見たことがあるような気がする。

…そんなこと、今はどうでもいいけれど

「…泣いてんのか」
「いえ?…雨よ」
「…そうか」

彼の言葉に手を自分に引き戻して目を伏せると、確かに少し暖かいものが頬を伝ったような気がしたけれど、気付かないふりをした。

「風邪、引くぞ」
「大丈夫、」
「嘘をつけ。夜は冷えるだろ、この島は」
「いいのよ。貴方も、同じでしょ」
「…強情な女」
「ふふ…ひどい男」

私に傘を差し出しているということは、私を覗き込むこの人は、今きっと雨を受けている。私の代わりに。
初めて会ったのに、馬鹿な人だ。ふっと笑った彼は、傘はそのままにベンチの後ろから私の前へと移動してきた。その身なりを改めてみて、私は彼が誰だかようやく思い出した。

「…革命軍の」
「あァ、なんだ。知ってたのか。こりゃあまずいな」
「その割に、焦っていないようだけど」
「まぁな、実際焦ってねェ」

帽子から、その金髪からぽたぽたと雨水を滴らせながら私を見据える彼は…革命軍の、…サボ、という男だ。

「なァ、あんた。」
「ニナよ」
「知ってるよ。…ニナ、」
「知ってて、追いかけてきたの?サボさん?」
「あんたの話は、身内からたくさん聞いてるんだ。」

身内、…とは、きっとルフィのことなんだろうな、とかそんなことを考えていると「それより、」と話を変えられる。首を傾げて彼に目線を送りなおすと、好青年がにっと笑った。


「雨は、もういいだろう?」


は、と反応する間もなく、遠くに光が差し始めたことに気が付いた。傘がばさ、と閉じられると雨は止んでいる。少しずつ明るくなっていく海と花たちは、とてもきれいだ。
何かしたのかとつぶやくと、口角を上げたまま何も言わず、私の手を取って崖のギリギリのところまで引っ張っていく。
さっきまで心にまで降っていた雨も、その景色を見ている間にいつの間にかやんでしまったようだ。太陽の光が反射してキラキラと輝く海に目を奪われていると、熱い視線を感じる。その主に、なにと声をかけると、満足そうな笑顔。

「弟がよく言ってるよ。アンタは笑顔がかわいいんだって」
「…そう」
「ルフィの言う通りだ」

ニナは、笑顔が似合うんだな


にこと嬉しそうに笑う彼にあっけにとられて、私は「貴方こそ」と言い返すので精いっぱいだった。











嘯く、本心











まぶしくて、目がくらみそう


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