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返事が、来ない。既読なのに。
ニナはどちらかというと返信が早くて、俺としてもやり取りがすごく楽だった。俺だって仕事があるし、アイツだって学校があるしでそんな毎日毎日連絡とってるわけじゃねェけど。今日は珍しく既読がついたまま返事がないニナの画面を見ながら少しモヤモヤするし、なんかソワソワする。なんか、嫌だ。
「おーいエース」
「………」
「エース、次お前だぞ」
「………あ?おう」
サボに肩を叩かれ、MVの撮影が俺の番になったことを指示される。スマホを自分のリュックに押し込んで俺はスタジオに入った。
「…上の空だな」
エースの背中を見つめながら呟くと、近くの椅子にギコギコと不安定に座っていたルフィがエースのことか?と俺に話かけてきた。俺は短く返事をして、徐にエースを追いかけ、現場を見ることにした。何故って、そりゃ仕事に支障をきたしてたら大変だからな。
「─────」
今回の曲を小さく歌いながらカメラに向かう姿は、…まあ、何も問題はなさそうだ。むしろ周りのスタッフたちが「何だか憂いを感じる」とか「曲の世界に入ってる」とか「色っぽさ増した」…とか。なんか寧ろ少し大人しくて評判がいいのは結果オーライなのかもしれない。
今日は何だかやけにそわついてるエース。まあ、きっと原因は俺もこの前初めて会った"彼女"でだろう。俺から見ていれば、なんでエースが彼女に対してそんなにそわついているのかなんて、一目瞭然なんだけど…エースが果たしてそれに気づいているのか、否か。…………否だろうな。
「あ?何だよサボ、見てたのか」
「あァ。スタッフから好評だったぞ」
「そりゃどーも。」
ヘラヘラと会話をする様子は、いつも通り。その後すぐまた3人での撮影になってルフィもやってきた。撮影は順調に終了。マネージャーから明日の仕事の連絡を受けてからようやくまた楽屋に戻ってくると、エースは真っ先に自分のリュックからスマホを取りだした。
ったく。何だよ、その顔。
口角が上がりそうで上がりそうで、でも俺達もいるから上げないように堪えている顔。あーはいはい、ニナから返事が来てたんだな。わかりやすいやつ。
早く自分のことに気づけ、バカエース
撮影が終わってスマホを開くとようやくニナから返事が来ていた。待たせやがって、と思いつつ口角が上がりそうになる。(ルフィとサボがいるんだ、抑えろ抑えろ)……ってか、なんでこんなニヤけそうになってるんだ、俺は?
どうやらニナの返信が遅かったのは外出をしていたかららしい。まあそりゃ人によって用事はある、当然だ。そんなことを思いつつも、どこに行ってたのかと聞いてみる。よく話題に出てくる俺らのファンらしい友だちとかか、なんて呑気に思いながら。
『水族館に行ってきました!』
『へェ、何でまた』
『何やら取材のためということで』
『お供をしてきました!』
『?』
『誰のだよ』
『ローさんです🐯』
「───……は?」
思わず、声が出た。
何でそこにトラ男の名前が出てくるんだよ。というか、外出って、トラ男と?2人?デートってことか?
……なんだ、それ
「エース?」
「悪ィ、先帰る」
「え、お、おう」
リュックを背負って足早にテレビ局の中を進む。途中、前に世話になったスタッフとかディレクターとかと会って話しかけられたけど、俺は気が気ではない。それどころじゃねェ。「急いでるんで」と一言言ってその場を立ち去って行く。自分の単車に乗り込んで、とある場所に向かう。
そこは俺がニナと初めて会った本屋。どうやらニナが贔屓にしてるらしい場所。アイツの家を知ってるわけじゃねェ俺は、ここを頼りにするしかない。…のに。俺がその場所に着いた頃には、いつもは空いている店も閉まっていて、クソ、とハンドルをドカッと殴る。
なんだ、これ。
なんで俺、こんなに焦ってんだ
こんなにモヤモヤするんだ
だって、ニナと最初に会ったのは俺で。連絡を取り始めたのも俺で。2人で会ったのも俺で。なのに、この前急に会ったばっかりの、トラ男と、何でニナがデートすんだよ。
俺の方が、友だちになったのは早ェのに
「……エース、くん?」
バイクに項垂れていた俺に掛けられた声を聞くのは、少し、久しぶりだった。はっとして顔を上げると、「やっぱりエースくんだ」と安堵したような微笑みを浮かべるニナが立っていて、目を離せなくなる。そんな俺にこてんと首を傾げるニナを、抱きしめたく、………?
……なんだ。…バカだなァ、
抱きしめてェんだ、俺。ニナのこと。
バイクから降りてニナの前にたって、改めて彼女を見下ろして、思う。
好きになってたんだな。いつの間にか。
「?エースく、」
「今日、泊めてくんない」
「……へっ」
「アンタのこと、もっと知りたい」
すり、と頬に手を滑らせてニナを乞う。トラ男の行動の真意はわからねェけど、俺は、もう自分の気持ちを、自覚したからには…手に入れる。
ニナは、俺のもんにしたい。
動揺した顔を真っ赤にして俺を見上げるニナを見つめてもうこの気持ちに歯止めは効かねェんだと、自分で理解した。
制御不能動き出したら
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