隼人:マシュマロ定食580円
side 白波亜梨沙

「花咲芽依です、よろしくね」

芽依との出会いは大学2年の春。学部内で行われるグループ研究で同じグループになったことがきっかけだった。

2年の後期から本格的に始まるゼミの前準備のような位置付けで、恐らくここにいるメンバーでこれからあと3年間、やっていくことになるのだろうという期待と不安が入り混じった授業初日、私の隣に座ったのが芽依で。

「白波亜梨沙です、こちらこそよろしくね」
「亜梨沙ちゃんって呼んで良い?」
「うん、私も芽依ちゃんでいいかな?」
「もちろん!よろしくね!」

優しくて人懐っこい随分素直な彼女と仲良くなるのには時間がかからなくて、いつの間にか休み時間だとか大学終わりに彼女と一緒にいることが増えた。

「最近亜梨沙が一緒にいる子」
「ん?芽依のこと?」
「そうそう!花咲さん」
「うん」
「新開くんの彼女だよね!彼氏の話とかするの?新開くんと話したりした?」
「シンカイくんって、誰?」

同じ高校から大学に進学した他の学部の友人の顔には『信じられない』と書いてある。

「え?有名人…?」
「知らないの?工学部の」
「いや、全然」

どうやら聞くに、かっこいいと女子の間では話題とか。そんなの聞いたことなかった。

「どんな子?いい子?いいなぁ、新開くんと付き合えるなんて」

芽依はたしかに彼氏がいると言っていて、同じ大学の人?と聞いたら、高校も大学も一緒なんだと嬉しそうに頷いていたけれど、シンカイくんという名前は聞いたことがない。「ハヤト」と彼女が呼ぶので、私の中では、架空の芽依の彼氏「ハヤトくん」が出来上がっていた。

***

そんな話もすっかり頭から抜け落ちた秋のこと。

「聞いてよ!亜梨沙とお昼食べるから隼人と食べる日1日減らすって言ったらすごい不貞腐れてた」

後期から一緒にお昼を食べよう、というのは芽依の提案で、「本当に良かったの?」と言いつつも一緒に食堂の席を取る。

「隼人は福ちゃんとだって一緒にご飯食べてるくせにさあ」
「フクチャン?」

新しい登場人物だ。

「そ、私は高校から、隼人とは中学から一緒の同じ部活の人」

今日はC定食にしようかな、とあっという間に話題は切り替わって先ほど教科書で場所取りをしていた席に着き腰掛けると遠くから聞き馴染みのある声が近づいてきた。

「お!芽依ちゃん、白波!」
「あ、カケルくん」

同じゼミの学年リーダーを務める男の子、カケルくん。
まだ知り合って半年だが、芽依のことを芽依ちゃんと呼び、芽依に自分のことを「カケルって呼んでよ!」と言っていたのは2年春の早い頃。

まあ、恐らく、彼は芽依に好意を持っていて、残念ながら彼氏がいることに気がついていないらしい。

どう考えても、その首についてるネックレス、贈り物でしょうよ、バカじゃないの、と指摘してやりたいが本人は誰にも自分の恋心がバレていないと思っているので言えない。気がついてないのは芽依本人だけだぞと心の中で教えてあげて、彼がヒラヒラ手を振りながらこちらに来るのを見守った。

「なんだ、二人でお昼?」
「そう〜」
「いいなぁ、俺も混ぜてよ」
「えー」
「あ!そういえば芽依ちゃん、3限休講になってるよ知ってた?」
「え?ほんと?知らなかった!」
「白波は3限あんの?」
「うん、あるよ」
「そっか、残念。じゃあ芽依ちゃん、3限カフェでも行って時間潰しとく?」

全く残念でもなんでもないだろう、寧ろラッキーとでも思ってそうな彼へ、何も気がついていない芽依が「そっか〜どうしようかな、部活…うーん…」と純粋に友達として彼とお茶をしようか部活に行こうか迷っている様子を眺めていると、遠くから明らかにこちらに向かって早歩きで歩いて来る茶髪の男の子が目に入る。

「芽依」
「…へ?隼人?」

ズン!とカケルくんと芽依の間に割って入るように、手に持っていた飲みかけらしいカフェオレを置いた。

「これやる」
「え?まだ全然飲みかけじゃん」
「あ、もしかして白波さん?」
「あ、は、はい…」

噂の、ハヤトくんこと、シン…何くんだったっけ、苗字。忘れた。確かに、イケメン。これは噂にもなるだろう。彼の彼女は芽依だと女子学生たちに認識されているけれど、生憎、芽依は目立つタイプではないから男子学生に彼氏の有無を噂されることはあまり無いはずだ。カケルくん、どんまい。芽依の話を聞く限り優しくていい人そうだし、何より芽依が彼にベタ惚れだし、残念ながら、勝ち目、なさそうだよ。

「初めまして、工学部の新開隼人です。いつも芽依がお世話になってます」
「何それ親みたいなこと言って」
「そちらは?」

明らかに、牽制しにきたのだろう。
カケルくんの方を見て微笑みながら芽依に尋ねる。

「カケルくん」
「カケルくん?」

新開くんを見ると、ピクリ、とこめかみが動いた。引きつった笑顔は一瞬で元に戻って。

「ゼミが一緒なの」
「ああ、そうなんだ、いつもお世話になってます」
「だからもう、何それ〜」
「彼氏として当然だろ?」
「お世話してるの私でーす」
「またそんなこと言って…こんな奴ですけど、よろしくお願いします」

『彼氏』という言葉に明らかに力を入れて発言した彼の心情に、芽依は気がついているのだろうか。

「あ、芽依、3限休講になってたろ?」
「よく知ってるね」
「休講情報だけは毎時間チェックしてるから」
「そうだった」
「俺も次休講なんだ、チャリのメンテ手伝ってくんない?」
「ん、いいよー」

カケルくん、残念。呆然としすぎ。新開くんのこと凝視しすぎ。ついでに芽依、さっきまで悩んでたこと、あっという間に忘れすぎ。

「……あ!ごめん、カケルくん、次…」
「あ!いや!気にしないで!平気!平気平気!俺忘れてたけどレポートやらないといけねーんだったわ!ごめん!じゃあまたゼミでなー」

すごい早口でどうにかいつも通りを装いその場を去ったカケルくんに心の中で拍手を。

「次って?」
「ん?カケルくんも同じ授業とってるから休講になっちゃったしお茶でもしにいくー?って」
「ふーん」
「部活行くか迷ってたんだよね、でも隼人がいるなら私も行こーって思って」

芽依のその一言で笑顔が柔らかくなるから随分と彼も彼女にベタ惚れらしい。

「仲良いんだな」
「ん?亜梨沙?何を今更、いつも話してるでしょ」

バカ。芽依。違う。

「………カケルくんだっけ?」
「ああ、カケルくん!そうだな、今井くん的な」
「ふーん」
「あ、ヤキモチやいたの?」

誰だかわからない人の名前を出してカケルくんを例えて、なんかついてる、とか言いながら新開くんの髪を触る芽依と、そんな彼女にデレッデレの顔を見せる新開くん。この二人は私がいることを忘れているのではないだろうか。

「………ゴホン」

咳払いをわざとらしくした私を見て「ごめん」と笑った芽依と「じゃ、白波さんとごゆっくり」と私に頭を下げる新開くん。

そんな彼と彼女とこれから長い付き合いになることを知らない私は、ようやく私との食事に戻ってきた芽依に、まだ付き合って3ヶ月なのに別れようか迷っている彼氏の愚痴を聞かせて、芽依の惚気をいつも通り聞いて、楽しい楽しい昼下がりを過ごした。

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