隼人:グッバイ、ファーストラブ
side 箱根学園自転車競技部部員

「芽依、今日終わったら行きたがってたパンケーキ、食い行く?」
「ほんと?やった!」

高校3年、3学期。推薦で大学が決まっている奴らが、授業のない平日午前を使ってロードに乗っていた。俺もその一人。強豪とは言い難いけれど、ロードができる大学への推薦を無事手に入れたのだ。

そんな俺がこの1年、片思いをしている相手はこの人。

「お疲れ様、新しいボトル使う?」
「あ、ありがと」

マネージャーの花咲芽依。

「今日寒いね、風邪ひかないようにしてね」

優しい気遣いに舞い上がることもあったけれど、全員へ共通の優しさだと気がついたのは好きだと気がついてすぐのこと。残念ながら、俺は沢山いる他の部員と同じ扱いだ。いや、なんなら、インハイレギュラーの3年と芽依ちゃんは1年の頃から仲が良さそうだから、その下。

そして、恐らく、彼女の特別は。

「芽依、寒そうだし、ジャージ着てれば?」

勇気を出してジャージを貸そうかなんて思ってジッパーに手をかけた時には既に彼の右手にはジャージがあって、さりげなく、そして周りの部員たちを牽制するかのように、彼女にそのジャージを手渡した。

「ありがと」

すごし頬をピンクに染めて、嬉しそうに制服のシャツの上からそのジャージを羽織る。

もう引退した俺たちの手伝いと言って顔を出してくれる彼女、今日はすぐに職員室に行くからと制服で作業をしていた。スカートに、シャツに、カーディガンに、その上から彼女が着ると明らかに大きすぎるダボっとしたジャージがそそる。

ただし、ジャージにSHINKAIと、入っていることを除けば。

「ヒュウ、可愛いな」

付き合ってはいないらしいけれど、明らかに両思いで、俺の入る隙などないと、思い知らされる。

「…ありがと」

照れ隠しなのか、綺麗な髪を指でくるくる巻きながら新開にそう答える彼女の口元は嬉しそうに綻んだ。

なんだその顔、可愛すぎるだろ。

それから体の方向を変えて、新開からは見えない方向で、小さくそのジャージの襟をそれはさぞ嬉しそうに握った。その顔はまさに恋する乙女。学年で噂になるほどの美女ではない、クラスの人気3番手くらいの女の子。そんな彼女が見せる可愛くて仕方ない『好き』がこもったその顔は、多分、アイツにしか引き出すことができないんだろうと思うと、胸が苦しくなった。

***

「芽依、危ない」
「…わ、隼人、ありがと」

職員室に課題を出しに行った後、友人と本屋に立ち寄ろうと駅前を歩いていたときに、前から聞こえてきた声に思わず顔を上げると、芽依ちゃんの腕を引っ張る新開の姿。

朝はポニーテールだった髪が下されているけど、その髪で隠れた芽依ちゃんの耳は、きっと赤いんだろうな。

小さな子供が漕ぐ三輪車に当たらないように、新開が芽依ちゃんの腕を引いたタイミングのようで。

…なんだよ、その顔。イケメン顔が崩れてるぞ。

芽依ちゃんの姿以外目に入ってないんじゃないかと言うくらい甘い視線で彼女を嬉しそうに見つめる新開、1日でいいからそこを代わってくれ、と心で呟いても届くことはない。

「なあ、パンケーキ食わねえ?」

隣の友人は「コイツ、何言ってんだ」という表情を浮かべたけれど、大学に進学する前に、この目でちゃんと、彼女が彼と幸せになれるのか見てみたいんだ。

「な、美味いらしいからさ」

強引に、新開と芽依ちゃんの後ろをついていって彼が入った随分と可愛らしいその店へ男二人で入っていった。

***

「芽依、そっち食いたい」
「ん?いいよ」
「食わせて」

目の前に座る友人が「なるほどねぇ」と納得した表情を浮かべ、俺の視線を辿った。

その席に届いたパンケーキ2種類。新開の食べたいというリクエストに芽依ちゃんはお皿を差し出して答えたというのに。

「あれ、新開隼人だろ?無理無理、勝ち目ないって」

わかってるよ、と小声で友人に伝えて、芽依ちゃんに向かって大きく笑顔で口を開いたチームメイトの姿を見ていた。

「彼氏持ち好きになるのは辛いなあ」
「彼氏じゃねーよ」
「あれで?」

思わず、彼氏持ちと勘違いしてしまう気持ちはわかる。そのくらい、二人は甘すぎて、俺の目の前に置かれたパンケーキに乗ってるとんでもない量の生クリームより甘いんだろう。

恥ずかしそうに、フォークにパンケーキを刺して新開の口に入れる。食べたときに新開の口元についた生クリームを芽依ちゃんがそこにあったフキンで拭いた。

なんだそれ、ファーストバイトかよ。

先日参列した従兄弟の結婚式でお嫁さんがそんなことしてたなあと、思い返す。本当、さっさとくっついてくれ。

「ん、うまいな」
「でしょ?隼人の方も食べたい」

フォークでつまもうとした芽依ちゃんに向かって「あーん」と新開が声を上げれば、芽依ちゃんは「恥ずかしいよ!」と笑いながら、結局部活の時はつけていなかったピンク色のグロスが塗られた唇を開いた。

「甘い」
「だろ、芽依のより甘いかも」

味の感想を伝えてるのはわかるんだけど。

「……はあ…お前たちの方が、甘いわ……」

俺の届かない小さな声に目の前の友人が苦笑いしてフォークを差し出した。

「慰めついでにアーンしてやろうか?」
「いらねえよ!」

ああ、大学生になったら彼女出来んのかな、俺。今度はもう少し勝ち目がありそうな恋をしたい。

「そうだ、芽依、家電選びした?」
「ううん、まだ、来週行こうかな」
「じゃあ、荷物持ちしてやるよ」
「ほんと?やったー」
「ついでにたこ焼き焼けるやつ買おうぜ」
「えー」
「で、芽依の部屋で3人で集まってやったら楽しくない?」
「福ちゃんたこ焼き作るの下手そう」
「ああ見えて、やる時はやる男だぜ」
「隼人は変なの入れそうだし」
「腹に入れば一緒だろ?」
「まあいっか、そういうのあったら楽しそうだね」

これから大学生になっても続いていくらしい二人の恋模様、この日以上に甘ったるい空気を漂わせて付き合うことになったと報告されるのは、まだまだ先のこと。
← | list |

text

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -