悠人:スキなのかコイなのかアイなのか
「はあ…」

私の目の前に置かれたピンクの袋。甘い香りが漂う部屋。

「どうしよ…」

宙に消えてった言葉を見送りながら、先ほどまでの出来事を思い出していた。

***

「楓、本命チョコは誰に渡すのかな〜?」

一緒に寮の調理室に立ち、にやにやと私を眺める友人。

「本命なんていないよ」
「またまたー、自転車競技部マネージャーが何をおっしゃる」
「別に部活の人たちはそんなんじゃないから」

頭をよぎる嫌味な彼の顔は必死で頭からかき消した。

おかしいのだ。いつからだかわからないけど、事あるごとに彼の顔が頭に浮かんで、私の心を侵食していく。本当に、おかしいのだ。

インターハイで活躍する姿を見てからなのか、『悠人くん』と名前で呼ぶようになってからなのか、壁ドンしちゃったあの日からなのか、はたまたずっと前、特別大サービスのシュークリームを渡してくれたあの日からなのか。とにかく、気がついたら雑誌の占いで山羊座との相性を見ちゃうし、友人から好きな人はいないのかと尋ねられて、いないと答える度、彼の声が頭で再生される。

「…はあ…」
「ん?なんだなんだ?恋のお悩みかー?」

私のため息を聞いて、即座に反応する友人にもこんなおかしな現象相談できない。ありえないでしょう。私が、あのお子ちゃま悠人くんを好きとか。ありえない。ないない。

「違う」
「後悔しても知らないぞ、人気者はたくさんチョコ貰うだろうしね」

彼女に悠人くんと仲良いね、と揶揄われる度に否定しているから、多分、彼女の言う『人気者』は彼のこと。

「知らない」
「ふーん、まあさ、お世話になってるなら渡せば?」
「え?」
「別に義理で渡せばいいじゃん、意地っ張りな楓ちゃんは本命じゃないって言い張るもんねえ」
「部活の人たちにはチョコのお徳パック買ったから」
「別に私、部活の人だなんて言ってないけど」

バスケ部のルーキーだと言う同じクラスの男子とクリスマスを機に付き合いだした友人はそんな彼へのプレゼントを作りながら、口元を緩めたままジトリと見てくるので性格が悪い。そんなところが好きだけど。

「…とにかくいいの!」
「楓がそれでいいならいいけどねー」

それから、隣のクラスのナントカちゃんとその隣のクラスのナントカちゃんとまあその他いろんな女の子の名前を挙げて「新開くんに渡すつもりらしいよ、しかも本命」とありがたいアドバイスのようないらない忠告をしてくれた彼女の話は聞き流し、友チョコのクランチチョコ作りに勤しんだ。

はずだったのに。

予定よりもだいぶ早く終わりそう、という考えとともに思い出される友人の話。

そうかー、あんなんだけど、悠人くんって人気者なんだ、顔はいいもんね、みんな顔に騙されてる。本命チョコいっぱいもらっちゃって、彼女とかできたりして……

そこまで思考が至って、心にかかるモヤモヤした霧。

彼女、できたり、して。

別にいいじゃないか。私には関係ない、そんなこと。

関係ないのに。

「あー!!もう!!」

突然叫び出した私の声に驚いた友人に頼み込んで、クランチチョコの材料のあまりと友人が作っている生チョコの材料のあまりを使って、彼女と同じように生チョコを作り出す。

「義理だから!」

別に聞かれてもないのに、そう友人に宣言したのは自分に言い聞かすため。

「袋あるの?」
「ある」

先々週、見に行ったお店で見つけた可愛い袋。意外に可愛いもの好きの悠人くんが好きそうだなとか、そんなこと思いながら使うわけないのに買ったラッピング袋。自分で買った後、何が悠人くんが好きそうだ、バカじゃないかと何度もツッコミを入れたその袋。

「なんだ、渡す気満々じゃん」

友人に言い返したいのに言葉が見つからない。

精一杯の反論の代わりに無言で彼女を見つめるも、全く効果はないようで、相変わらず楽しそうにこちらを見て笑っていた。

「本当に、あれだから!ジュースのお礼だから」

だから、聞かれてないのに、わざわざ言うから余計友人の揶揄いを誘うんだってば、バカか私は。

そんなこんなで出来上がってしまったそのチョコレートを机において、私はかれこれ30分、そのムカつくほど可愛らしい袋と睨めっこしていた。

***

結局朝練の時も、部活の前も、悠人くんに渡すことはできない。やっぱり、持って帰って自分で食べよう。鞄の奥底にタオルを巻きつけて見えないようにしまって。部活用に買った重い紙袋を部室の机に置いて。もう、これで十分。いいのだ。昨日の私はおかしかったのだ。そう、ピンクの袋のことを忘れて平然を装いながら悠人くんに話しかけたのに、そのチョコレートのことを思い出させたのは彼自身だった。

「…渡したの」

「誰かに、本命、チョコ」

時間が私と彼の空間だけ止まったのかと思った。
自分でも、ああ、多分、今、私真っ赤に染まってる恥ずかしいと分かったのだけれど、そう自覚すればするほど赤が止まらない。

「…か、関係ないでしょ!」

可愛くない、本当、可愛くない。
いや、別に、義理チョコ渡すぐらいで可愛い必要もないんだけど。

ああ、これ絶対チョコ渡したら揶揄われるやつだ、悠人くんに何か嫌味を言われるやつ。もう絶対渡さない、ていうか大体渡すつもりもなかったし。あれ、私用、自分チョコ。別に誰かのために作ったとかじゃないし。

逃げるように入った狭いカーテンで区切られた空間の中、そう言い聞かせながら制服に着替えて、更衣室の外へ出る。

悠人くんは珍しく早く部室を出るようで、ブレザーを羽織って入り口に向かう。

ああ、多分、女の子に呼び出されてるのかな、それとも、彼女、できちゃったとか?

……だから、でき『ちゃった』ってなんだそれ!出来たら困るのか!私!本当もう嫌だ。

一人で作る作らない渡す渡さない悩んでバカみたい。ただの義理チョコなのに。

「楓ちゃん、悠人帰っちゃうね」

悠人くんの背中を見送っていると、何故かチョコを二つ持っている真波さんに笑いかけられる。

「え?」
「さっき部活始まる前にタオルでぐるぐる巻きにしてた袋」

一気に熱が上がる、やばい、恥ずかしい。

「…いや、あの、あれは」
「いらないなら俺にちょうだい、悠人たくさんもらってるだろうし」
「あ、の…」

真波さんだってたくさんもらってるでしょう、あれは悠人くんに渡そうと急いで作った生チョコで…

ああ、やっぱり、だめだ。

「すみません!真波さん、お先に失礼します!」

やっぱり、渡さなきゃいけない気がする。

急いでブレザーを着て出て行った彼を追いかける。

多分、遠くに小さく見える一つの影が悠人くん。良かった、女の子と一緒じゃないんだ、とホッとした自分の心は無視して、とにかく追いつけと走り出す。

「悠人くんってば!!」

何度か声をかけて、ようやく彼の足を止められた。

頭の中は『渡さなきゃ』『どうやって渡そう』『どうやったら勘違いされないかな』『やっぱりやめよう』そんなことばっかり浮かんで、なんだか悠人くんが冷たい気がしたけど、正直、彼の言葉など耳に入っていなかった。

「…これ」

ああ、本当、可愛くない。いや、だから可愛い必要ないんだってば。

「…いつもお世話になってるから」
「は…」
「いちごミルクのお礼!!」
「え、」
「だから!はい!」

悠人くんが、ポカンとしているのを見るのが怖くて、この後悠人くんから要らないとか、気持ち悪いとかそんなこと言われるのが怖くて。

「…手作り、だけど、変なもの入れてないから…」

なんだそれ、もう。

「…じゃあ…また明日…」

何か文句を言われる前に逃げ出そう、多分今「いらない」なんて言われたら、泣き出しそう、いつもみたく言い返せなさそう、もう、帰ろう。そう思ったその時。

「待って」

ああ、ほら、次に来る言葉、聞きたくない、もうやだ、やっぱり渡さなきゃ良かった。なんで義理チョコでこんなに悩まなきゃいけないんだ。

「…あ、の、ごめん、やっぱなしに…」
「はぁ?」
「か、返して…」

もうやめよう、やっぱり渡したのが間違えだったのだ。

『ほんと、バカじゃないの、こんなのいらないから』その言葉が飛んで来るのを待っていたのに。

「もう俺のものでしょ」

え?なんて言ったの?

「だから、これはもう俺のだから」

私が思ってた言葉と、違う。
なんだそれ、調子狂うんですけど。

「…悠人くんはたくさんもらってるからいらないでしょ…」
「いる」
「あの…」
「返さない」

何それ、もう。

「…送ってく」
「え?」

何それ、ずるいよ。

悠人くんの隣を歩くのがなんだか恥ずかしくて、何度も断ったけど、彼は引き下がらない。

このドキドキがバレないように彼の少し後ろをキープして歩いていると。

「いつもの威勢はどこ行ったの」

悠人くんがスッと、私のところまで下がってきた、やめてよ、本当に、もう。

「ほんと、バカじゃないの」
「な…」
「返すわけないじゃん」

私のことを見て、帰るよ、と歩き出す彼はさっきと違って私が後ろに下がるのを許さないとでも言いたげに私の歩幅に合わせて歩く、それも全部ずるい。

「ついでだから、友チョコの」
「あっそ」

神様、嘘をついてごめんなさい。

どうにか強がりで発したこの言葉は、もう頭でどんなに言い訳しても嘘になりそうです。

「手作りは俺だけ?」
「………うるさい」

私の言葉を聞いて、少し嬉しそうに笑った悠人くんの顔に心がギュッと締め付けられて、思わず目をそらす。

「…顔、赤いよ」
「寒いからだもん」
「あっそ」
「なんかムカつく…」
「はあ?」
「……お腹痛くなったらごめんね」
「やめてよ、何入れたの」

赤いと揶揄われた顔はまだ、真っ赤だろう。早く、いつもの調子で。いつもだったらなんて言うんだっけ。

「愛、とか?」

…完全に選択ミスだ。本当に、バカだ。私。

「……はあ!?」

悠人くんが可愛い目をまん丸に見開いて驚いている。
本当、ごめん、驚きはごもっともで、間違いなく私がおかしい。

「う、嘘に決まってるでしょ!何、待ってそんな、赤くなんないでよ、こっちまで恥ずかしい」

多分悠人くんの10倍は恥ずかしいよ、とは言い返せない、ほら、また可愛くない。

「バカでしょ」
「これでも悠人くんより成績いいよ」
「そういう話じゃないってば」

本当に、全部がおかしい。そんな発言をすることもおかしいし、チョコレート一つでこんなジタバタするのもおかしいし。

そして、悠人くんのこと、好きになっちゃったのが、多分16年の人生で一番おかしい。

「………ありがと」
「…うん」

これから、一体私はどうすればいいのだろう、気がついてしまったこの思いに戸惑いながら、彼の隣をゆっくりと歩いた。
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