wazatodayo

 13


「ゼッケン4番。エーススプリンター、新開」

そう寿一の口から発表された時、彼女の目から一筋の涙が零れた。
俺のために流された涙は綺麗で尊くて、心臓がぎゅっと握りしめられたような気持ちで。彼女が支え続けてくれたこの1年間のことが走馬灯のように頭を巡る中、俺は部員の前に立った。

***

あの日。名に仮の恋人をやめようと一方的に告げた日、靖友が辞書を借りに来たと思ったら部屋に入って来たのは名だった。

「こんな隼人1人にできない」

そう俺の目を真っ直ぐ見て話した名。
俺は全てを投げ捨てたくて、彼女に嫌われるように「身体で慰めてくれよ」と告げた。

けど彼女は、そんな最低なことを言った俺を拒絶しないどころか、抱きしめて俺の頭を撫でる。
何があったの?と問う彼女の温もりに堪え切れなくなった涙を流しながらその日起きた出来事を話した。
今思い返せばとてつもなくかっこ悪いところを彼女に見せたのに、彼女はずっと俺を抱きしめたまま、背中を、トン、トンと叩いて黙って聞いてくれた。

「隼人がどんな決断をしても、私は隼人の味方だよ」

その一言がどれだけ俺を救ってくれたのだろう。

次の日の朝、一緒に学校に行きウサ吉の所へ連れて行くと、名前を決めようの彼女は笑った。

「泣いても後悔してもこの子のお母さんは戻ってこないよ。だったら私たちが大切に育てなきゃ」

そう言う彼女は何の義務もないのに毎日ウサ吉の所へ通って俺と一緒に世話をしてくれた。

「ねえ隼人!この子メスだったよ!男の子の名前つけちゃった!」

そう笑いながら携帯で『うさぎ 性別 見分け方』と調べた画面を見せられたこともあったな。

俺が自転車に乗ることを決めると名は当たり前のように俺の自主練習の時間に合わせて部室に来てくれた。

毎日悪いと話すと「隼人の味方だって言ったでしょ」と笑っていた。

インターハイメンバーを辞退してから1年、ついに俺はインターハイへの切符を手に入れた。それは他の部員たちは勿論、他でもない彼女の支えがなければ手に入らないものだった。


***

発表があった日、残って部誌を書いていた名の前に座る。

「隼人、まだかかるよ?」
「今日くらい、待たせてくれ」
「ん」

他の部員たちはもう皆帰って、俺たち2人きりだ。

「なあ、名」
「うん」
「俺、やっと4番を手に入れた」
「…うん」
「ありがとう、名がいなきゃここまで来れなかった。ずっと支えてくれてありがとう」
「もう、お礼はインハイの後にしてって言ったでしょ」

そう言うと名は笑いながらこっちを見る。

「私ね、今日隼人の名前が呼ばれた時、この1年のこと思い出してた。隼人が頑張ってた姿」
「俺も、名が支えてくれてたこと思い返してたよ」
「だから、きっと大丈夫。悔いを残さないようにインハイを走ってね」
「ああ」
「あ!帰りにウサ吉の所寄って報告しなきゃね」
「そうだな」

もう書き終わるから待ってね、とペンを走らせる名の左手に手を添える。

「隼人…?」
「前、約束したこと覚えてるか?今年の夏…」
「話の続き、でしょ」
「インハイが終わったらさ、ちゃんと話聞いてくれるか?」
「……うん。もちろん」

ペンを持っていた右手を俺の手の上に重ねてこちらを微笑む名をすぐにでも抱きしめたかった。

「隼人、頑張ろうね。最後のインハイ」

そう言う彼女の目は潤んでいて、俺が彼女の零れ落ちそうな涙を拭おうとすると、まだメンバーに選ばれただけなのに、ごめんね、なんて笑っていた。

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