10
付き添いでついていった大会の後、少しいつもと違う空気でちょっとコース走って来る、と自転車に乗ったはずの隼人が、暗い顔をして兎を抱いて戻ってきたのはインターハイ直前のことだった。
「隼人どうしたの?そのうさぎ」
「…………」
「隼人?」
「……ごめん、先帰って」
「え?」
隼人の様子が明らかにおかしい。
「何言って」
「先帰ってくれ」
「隼人?」
「悪い、1人にしてくれ」
「…そんな隼人放っておけないよ」
「いいから!頼む…1人にして」
今までにないくらい私を拒絶する目で1人にしてくれと言われ、それ以上強く出れない私は隼人からありったけの荷物を奪う。
「ちゃんと帰ってね、何かあったら連絡して」
何も言わずに頷く隼人を確認してから駅に向かって歩いた。
学校に着き、隼人から奪って来たその日の荷物を片付けて寮に戻る。
頭の中にこびりついた隼人の顔、何があったのか、そればかり考えていた。
『帰れた?』
LIMEを送る。
『ああ』
暫くして送られてきた返事はたったの2文字。
とりあえず帰れたなら良かったと思っているとまたメッセージが送られて来る。
『名、もう仮の恋人はやめよう、俺から提案したのに申し訳ない、俺のこと振ったって言っていいから』
「……は?」
メッセージを読んで頭が真っ白になる。
恐らく隼人に好きな人ができたわけではないだろう。今日の暗い顔が理由なのだろうか。分厚い壁を目の前に作られたようだった。
『嫌だ』
そう入力したものの、所詮私は仮の恋人で、こんなことを言う権利がない。
それでも隼人のそばを離れたくなかったし、あんな顔をした隼人を1人になんてできない。
「どうしよう…」
私は、藁にもすがる思いである人に連絡をした。
***
「男子寮への侵入手伝えってェ?悪い子だねェ?名チャン」
「ごめん、荒北にしか頼めなくて」
「何があったンだよ、新開の部屋ァ?お前たち付き合ってねェんだろ」
「うん、本当にごめん。いつか話す、一生のお願い」
「ったく、バレねェようにパーカーのフード被っとけよ」
荒北に、男子寮に忍び込ませてくれと連絡してから30分後、私は今男子寮の廊下を歩いている。
「ン、ここ、新開の部屋ァ」
「ごめん、度重なるお願いで申し訳ないんだけどノックして声かけて」
「はァ!?」
「多分、私が声かけたら開けてくれない」
「どうしたんだよ」
「ごめん」
私のあまりの必死さに渋々荒北がドアをノックする。
「おい、新開」
「なんだ」
「悪ィ、ちょっと辞書貸してくんねェ?」
「……あぁ」
「入るぞ」
ドアを開けた瞬間荒北が私を部屋に押し込んだ。
「ンじゃ、帰る時はまた連絡しろよ」
そう言って荒北が閉めたドアから隼人に目線を移すと、目を見開いて驚いていた。
「名」
「ごめん、来ちゃった」
「なんで」
「さっきの、もう終わりって、ちゃんと話したい」
「彼女みたいなこと言うなよ」
「何があったの」
「好きな人ができた」
「嘘でしょ」
「好きな人ができたら終わりだろ?後腐れなく終わらせてくれよ」
「ねぇ隼人、何があったの」
「出てってくれ」
「やだ、こんな隼人1人にできない」
「こんな時だけ彼女面すんなよ」
「っ…、何かあったら頼ってって、大切だって隼人が言ったんだよ、私だって同じ…」
「じゃあ彼女なら身体で慰めてくれよ、それで俺のことなんて嫌いになればいい」
そう言うと隼人は一瞬苦しそうな顔を見せてから、私を引っ張って腕に閉じ込めキスをした。それを私は甘んじて受け入れる。
「っ…拒めよ…」
「隼人はそうすれば暗い顔しなくて済むの?」
「……」
「いいよ、それなら」
「っ……ふざけんな…」
私を布団に押し倒した隼人が私の顔の横に手をついてまたキスをしようとするのがわかる。
でも目を閉じても唇は一向に降ってこなかった。
「なんで…拒んでくれよ…名のことまで傷つけたくない」
声がして目を開けると、隼人は泣いていた。
「隼人、何があったの?」
そのまま隼人の首に腕を回し抱きしめると、隼人の肩が震えていて、こんなに大きな体の彼が小さく見えた。
「隼人」
「名、ごめん…」
それから隼人は私のことを抱きしめながら、今日の出来事をポツリ、ポツリと話し出した。