wazatodayo

 08


「はい、ハッピーバレンタインでーす」

2月。男子も女子もソワソワするバレンタイン当日。
マネージャーである名はとにかくでかい紙袋を持って部室にやってきた。

部員に声をかけると中からクッキーを取りだす。

「はー、大所帯!こんなにクッキー作ったの初めてだよ」

そんなことを言いながら俺に笑いかける。

「俺もこれ食べていいのか?」
「もちろん。一人一個ね」

俺だけ特別に用意されてるかも、なんて自意識過剰だったか。
あくまで俺は名にとって仮の彼氏であって、バレンタインに特別なプレゼントなど用意されていない方が普通だ。
なのにこの心にポッカリ穴が空いたような気持ちは一体なんなんだ。なんて、気が付かないフリをするのももう限界で。彼女を好きになってしまっていることを認めざるを得なかった。
でも、この関係を変える勇気も俺にはなかった。

「なんだ新開、お前は別の貰えるだろ〜」
「いやぁ、名にこの中から取ってって言われちゃいましたよ」
「姓ちゃん、どうせこれ以外に特別に用意してるんでしょ」
「先輩〜、秘密です、秘密!」

いつも通り、変に勘ぐられない程度に話す名。本当に俺には特別に用意されていないのだろうか。

仮の関係を始めてから4ヶ月。
一緒に帰ったり、昼を食ったり、クリスマスにはデートもした。
仮としては、濃すぎる程の時間を過ごして彼女の魅力を知ってしまう。

そんな彼女の隣にずっといれば惹かれてしまうのは必然で。好きになったらどうする?なんて呑気なことを言っていたが、いざ自分が彼女に友情とは違う好意を抱いていると自覚すると、この関係を崩すわけにはいかないだとか、仮だからこそ上手くいっているのかもだとか、このままでいれば3年の夏までは一緒にいれるだとか、そんなことばかり考えてしまう。

名にとっての俺も、恐らくただの友達ではなくなっていて、お互いに他とは違う好意を持ったことを理解した上で、仮という立場に甘んじている、と言った方が、最近の2人の空気はしっくりくる。

だからこそ俺は、今日は、俺だけ特別な何かがあるかも、なんて期待してしまっていたのだ。

***

「お疲れ様でした〜」

部活が終わり次々と部員が帰って行く。
名は未だに部誌をつけていた。
期待を捨てきれない俺はそれとなく部室に残る。

「名、まだかかりそうか?」
「隼人、まだかかるよー、帰っていいよ」
「わかった」

本当に無いのか。期待してバカだったな。
がっかりした気持ちをどこにぶつけることもできないまま肩を落とし寮に戻った。

シャワーを浴びて自室に帰ると携帯のバイブがメッセージの着信を知らせる。

『隼人、今平気?』

名から連絡が来るのは珍しいな。

『平気だけど、どうした?』

既読がつく。

『ちょっと外出れない?』

嘘だろ、まだ期待していいのか?

『すぐ行く』

慌てて髪を手櫛でとかし、上着を羽織る。
外に出ると男子寮の入口の前でマフラーに顔を埋めながら携帯を見ている名がいた。

「名!」
「隼人…、ごめんね寒いのに」
「いや、待たせてごめん」
「ううん」
「どうかしたか?」
「うん…あの…これ」

そう言って名が差し出したのは可愛らしくラッピングされた箱。

「ごめん、仮なのに!その…日頃のお礼ってことで…隼人たくさん貰ったと思うけど」
「っ…、すげぇ嬉しい…どのチョコより嬉しい」
「よかった、渡そうか迷ってたらこんな時間になっちゃった」

そう笑う名を抱きしめたくなる衝動をどうにか抑える。

「なぁ、これ、義理チョコ?」
「え?」
「本命?」
「っ……、義理以上本命未満、かな」

顔をほんのり赤くしているのは寒さのせいだろうか。

「ありがとう、嬉しい」
「味は…美味しいと思う、から」
「ホワイトデーはデートしようか」
「え、いいよ!お返しは」
「行きたいとこ、考えておいて」
「隼人…」
「義理以上本命未満のお返しなんだから良いだろ?」
「……わかった」
「暗いから、女子寮まで送ってくよ」
「うん、ありがとう」

珍しく素直に俺の提案を飲んでくれる名の横に並び歩く。

やっぱりこの場所を誰にも譲れない。仮の彼氏失格だな、なんて思いながら、名の話に耳を傾けた。


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