04
街が恋人たちの一大イベントに向けて色めき始めた12月。今、俺の目の前には千葉にある某有名テーマパークの日付指定チケットがある。
「尽八、これはなんだ?」
「実家の得意先のお客様が持って来たらしいが生憎俺は誰か特定の女性とこのような場所に行くわけにはいかない、千葉だから巻ちゃんに電話をしてみたが秒で断られた」
「あ〜…」
「ということで交際スタートのお祝いにお前にこれをやろうと思ってな!」
昼休み、教室に尽八が入って来たと思ったら俺の前の席に腰かけた。
ポケットから12月24日と日付の入ったチケットを取り出し俺の机に置く。
「様子を見ている限り、姓とデートらしいデートもしてないのだろう」
「よく見てるな」
「クリスマスイブに部活がオフなんて滅多にないと先輩方が言っていたぞ」
「そうか」
「俺にはチョコレートクランチをお土産で買って来てくれ」
「いや、行くって言ってないし」
「いいな!行くのだぞ!デートの1つや2つ連れて行ってやらないと姓に愛想を尽かされるぞ!」
「いやぁ…」
「わかったな!!」
***
「ということで、チケットを貰ってしまったと」
「ああ」
「東堂め…余計なことを…」
「予定が合わなかったってことにするか」
「うーん」
「それとも、行くか?」
「うーん…」
翌日の昼休み、週に1度の名と食べる日だった俺は事の顛末を彼女に話してチケットを見せる。
「なんか、東堂とか福富くんを騙してるの心痛いね」
「靖友なんて本当に付き合ってるわけェ?とか聞いて来たぜ」
「はあ…、東堂なりに私たちのことを気にしてくれてのことだし」
「行くか?」
「お土産のチョコレートクランチ買ってサクッと帰ろうか」
こうして俺と名は恋人たちのクリスマスイブに初めてのデートをすることになった。
***
「隼人、ごめん、お待たせ」
「ヒュウ!おめさん、私服かわいいな」
「それはどうも」
クリスマスイブ当日、朝早く寮の入口で待つ俺の前に現れたのはワンピースにダッフルコート、ニット帽を被った名だった。
「デートっぽい格好だな」
「そちらこそ、私服までかっこいいんだね」
「惚れたか?」
「惚れてない」
尽八のお土産を買うのが目的なのに、昨日の夜、寮の部屋に置いてある数少ない私服を全部出して今日の服を考えた甲斐があった。
「久しぶりにワンピースなんて着ちゃったよ」と笑う名を見て、少しは彼女も昨夜の俺のように意識しているのだろうかと嬉しくなった。
***
お目当の場所は恋人たちで溢れかえっている。
「うわー、すごいね、こんな混んでる日に来たことないよ」
「俺も」
「なんか、わざわざ来たのにすぐ帰るの勿体無くなっちゃうね」
「折角だし、何か乗ってくか?」
「デートみたい」
「いいじゃないか、たまには」
「まあいっか」
周りのカップルたちの空気にほだされていたと言えばそれまでだが、結局俺たちは夕方まで園内を回っていた。
名も意外と楽しんでいるようで、次はあれ乗ろう!と俺の腕を引っ張る彼女について行く様は側から見てもちゃんとしたカップルだっただろう。
「名、次はどれ……あれ?名?」
ほんの一瞬、園内の地図に目を落としている間に、名が見えなくなっていた。
辺りを見渡すもカップルだらけで見つからない。
それから暫く周辺を探していると雑貨屋の横から聞き馴染みのある声がした。
ふと目をやると、3人組の男に囲まれている名。
「……なんでこんな僅かな時間でナンパされるかな…」
思わずため息混じりに笑ってしまう。
「お姉さん、今日一人で来たの?」
「そんなわけないですよね」
「でも今一人でしょ?」
「逸れただけです」
「俺たちクリスマスなのに男3人で来てんの、よかったら一緒に回ろうよ」
「話聞いてました?」
「こんな可愛い子一人にするなんて、彼氏じゃないんでしょ?あ、もしかして女の子?それならその子も呼んで一緒に回ればいいよ」
「だから…」
「名、どこ行ってたんだよ。こいつら何?」
ジロリ、と男たちを見ると、その男たちは目を逸らす。
「行くぞ」
もう一度その男らを睨んで名の手を取り歩き出す。
「隼人」
「逸れないでくれよ」
「ごめん」
「あんな短時間でナンパされるとはな」
「助けてくれてありがと」
「ん、次どこ行く?」
「あの、手…」
「また逸れられたら困るから離さない」
「隼人…」
困ったように笑う名の手をさらに強く握る。
今日は俺の彼女だろ、彼氏と来たって言えよ。なんて、他の男に声をかけられている名を見て俺の中に独占欲のようなドロドロした気持ちが渦巻いていた。仮なのに、なんて自嘲しても消えない欲に身を委ねる。
「もう…」
名は諦めたようにこちらを見て、次はゴーカートに乗ろうと地図を指した。
それから結局パレードまで楽しんだ俺たちは帰りに土産屋に寄って尽八ご所望のお菓子を買って帰路につく。
「今日の写真、いる?」
「くれ」
「いるんだ」
「彼女の写真見せてって言われたら見せるさ」
「この写真、今見返すとちょっと恥ずかしいな」
そう言いながら送られて来た写真は二人でカチューシャをつけている写真。
俺がこのテーマパークのメインキャラクターの耳、名はその恋人の耳。
二人で店に寄った時にふざけながら撮った写真だ。
「ヒュウ、見れば見るほどカップルにしか見えないな、待ち受けにでもするか」
「たとえ本当に付き合ってたって待ち受けにしない」
「おめさんはそういうタイプか」
「何、隼人は待ち受けにするタイプ?」
「みんなに自慢したいだろ?おめさんが彼女なら」
「……あのねぇ…」
「はいはい、仮、だからなー」
彼女の隣というこのポジションを喉から手が出るほど欲しい男はどのくらいいるのだろうか。
でもそんな奴らが見ている彼女の魅力は上辺だけのものだ。
一緒にいればいるほど、彼女の深い魅力に取り憑かれそうになる。
(仮)なんていう都合のいい言葉にかこつけて、暫く彼女に一番近い場所に居られることを、素直に嬉しく思う自分がいた。
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