02
『新開隼人に彼女ができたらしい』
そんな噂が流れ始めたのは新開の提案から1週間後のことだった。
誰、とまでは噂が流れていないあたり、新開が適当にはぐらかしているのか、聞かれていないのか。
そもそもはぐらかすぐらいなら、付き合うふりをする必要もないのだけれど。
そんなことを考えていた昼休み、同じクラスの男の子から声をかけられた。
「姓さん、ちょっと話があるんだ」
そう言われて向かうのは人気の少ない階段。多分私もこの偽の恋人関係を利用する時が来たのかもしれない。
「俺、姓さんのこと好きなんだ」
「ありがとう、でもごめん」
「付き合う気はない?だよね?」
「あ、…いや、あの、私彼氏がいるんだ」
「え?」
「だから、ごめんね」
「嘘だろ?」
「いや、本当…」
心が痛む。
「誰?他校の人とか?付き合う気ないってみんな断ってるって…」
「あー、えーっと…」
「ごめんな、こいつ、俺のなんだ」
そんな言葉と同時に私の首にゴツゴツとした腕が巻きつく。
「ちょっ、しんか」
「はーやーと」
「……隼人」
満足そうに私の髪を撫でると、私に告白をしてくれた男子の方を向き新開が話しかける。
「悪いな、他のやつに渡すわけにいかないんだ」
「新開……」
驚きのあまり瞬きさえも忘れているクラスメイトの彼は、「姓さん、嘘だろ?」と言いながらその場を去っていく。
「俺、ナイスプレーだったろ?」
「わかったから離れて」
「見せつけようぜ」
「(仮)だからね?」
「たまにカップルっぽくしないとバレるだろ?」
「楽しんでるでしょう?」
「いいだろ、少しぐらいカップルごっこ付き合ってくれよ」
「断るための口実だからね?」
「はいはい、わかってるって」
やっと新開の腕が離れる。
「ちゃんと隼人って呼んでくれよ」
そう耳元で私に囁くとパワーバーを咥えながら廊下へ戻っていった。
***
それからすぐに私と新開の噂は広まった。
『廊下で抱き合ってたらしい』
『新開くんが姓さんが告白されていたところから連れ去っていったらしい』
噂は少し大袈裟に伝えられていくようだ。
「姓!どういうことだ!新開と付き合っていると学校中の噂だぞ!」
「わーわー、東堂うるさい」
「うるさくはないな!質問に答えろ」
「お疲れ様でーす」
「隼人!!来たか!!お前も座れ!!」
その日の放課後、部室に向かうとこれでもかというほど騒がしく問い質してくる東堂に腕を引っ張られ、部室の椅子に座らされた。
周りの先輩や他の同期は何も言ってこないが、おそらく噂は耳に入っているのだろう、私達の反応を伺っているのが分かる。
「で!どうなのだ!なぜ俺たちに隠していた!」
「尽八落ち着けよ」
「落ち着いていられるか!」
「東堂静かにしてってば」
「早く質問に答えろ!」
「付き合ってるよ、名は俺の彼女」
部室に響き渡る新開の声。
「なっ、本当か?名」
「あー…、うん。はい。」
私の答えとともに部室がザワザワと色を変える。
「彼女か、いいご身分だな、ルーキーくんは」
そんなことを言いながら先輩が近付いてくる。
「一層頑張らないとですね、彼女持ちの先輩もたくさんいらっしゃいますもんね、幸い、部活に理解のある彼女で良かったです」
そう笑顔で言い放ち着替えに向かう新開を、よくスラスラとそんなことが言えるな、と思いながら眺めていた。
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