01
「ごめんなさい、今は誰とも付き合う気ないので」
「どうしてもダメかな?部活優先でも良いんだ」
「ごめんなさい」
この学校に入学して半年、何度目かの中庭への呼び出しを終えて部室へ向かう。
「ごめんな、気持ちは嬉しい、ありがとう」
こちらもごめんなさい中か。
邪魔をしないように、静かにその場を通り過ぎると後ろから声をかけられる。
「よっ」
「…すみません覗き見するつも……あ、なんだ、新開か」
「部室一緒に行こうぜ」
「うん、相変わらずモテるね」
「そっちこそ」
「見てたの?」
「こんな時間にこんなとこ、それぐらいしかないだろ?」
「あはは、さっきの子可愛かったのに」
「今は部活優先だから」
「ふーん」
「姓こそ、この前サッカー部の部長に告白されたって?」
「よくご存知で」
「尽八が言ってた」
「人生最大のモテ期だわ」
「随分長いモテ期だな」
この男は新開隼人。
私がマネージャーを務める自転車競技部で同じ1年生のスプリンターだ。
中学時代から有名だった彼が同じ学校にいることを知った時は驚いたものだ。
「私も、私たちの代がインハイで優勝するまでは彼氏作らない」
「俺ら責任重大だな」
「私の青春をあなた達にかけてますから」
「なら俺も頑張らないとな」
「そりゃそうですよ、期待のルーキー新開隼人くん」
「でもおめさん可愛いのに彼氏作らないなんてもったいねぇな」
「いらないし、彼氏ができて他の男と仲良くするな、とか言われるの面倒だし」
「ああ…」
「自転車競技部マネージャー、仲良くするななんてできないからね」
「一理ある」
それでも半年でこの回数、人から向けられる好意にNOを突きつけるのは心も痛む。
嫌味ではなく、昔から人の好意を伝えられることは多かった。何度か応えたこともあるが、そう簡単に人を好きにはなれない。
そんなことに頭を悩ませるくらいなら青春を捧げているマネージャー業に没頭していた方が何倍も楽なのだ。
「でも何度も断るのも辛いな」
「ん、そうだねえ」
どうやら目の前の男も断るのは辛いと思っているらしい。
「なあ」
「なに?」
「俺最低なこと言っていい?」
「どうぞ」
「付き合ってることにしようか、俺たち」
「はい?」
「だから、俺は姓の彼氏(仮)になる」
「ごめん全然言ってる意味が分からない」
「彼氏がいるって言えば断る回数減るだろ?」
「で、そちらは彼女がいると断ると」
「そう」
「やだよ、わたし女の子に殺されたくない、男子からの呼び出しが減って女子からの呼び出しが増えるだけじゃん」
「大丈夫さ、その時はちゃんと守ってやるよ、彼氏(仮)として」
「ていうかそれ、仮じゃなくて偽だよね」
「なんか、偽は感じ悪いし仮にしとこうぜ」
「感じ悪いって、どっちも同じことだから、っていうか私OKしてないから」
なにを考えてるんだ、新開は。
「なかなかいいアイディアだと思うぜ、こんな何度も告白断ることもなくなる、断ってしつこく追いかけられることもなくなる」
「うーん」
「どっちかに好きな人ができたら解消」
「そりゃまあね」
「誰々と仲良いとか噂されなくて済むぜ、例えば尽八とか」
「あー…」
頭に女子ファンに囲まれるチームメイトの顔を思い浮かべる。
彼と仲が良いと噂されるのは面倒臭そうだ。
「そんなことに気を使うくらいなら俺と付き合ってることにしておけば少なくとも最後のインハイまで集中できるだろ?俺も、姓も」
「えー…心痛むんですけど」
「どうせ断るんだから同じだ」
「ていうかバレるよ、そんなの」
「たまにカップルのふりすればいいだろ」
「えー」
「うわ、心底嫌そうな顔するなよ傷つく」
「新開なかなか性格悪いね」
「いいアイディアだと思うんだけどな」
「そうだねえ…」
アイディアとしては悪くないけれど、新開に想いを寄せる子達に申し訳ないという気持ちが頭をよぎる。
「やってみようぜ、どうせお前が彼女のフリしなくても俺は女の子の告白全て断るさ」
「はあ……、私が女子に呼び出されたら頭から水かけられる前に助けてよ」
「了解」
「それにそっちも、多分男子から呼び出されるよ」
「じゃあ水かけられる前に助けに来てくれるか?」
「行かない」
「冷たい彼女だな」
「(仮)ね」
「んじゃ、決まりな、名」
「なっ、」
「名前で呼ばないと不自然だろ?」
「ん、まあ…」
「そっちも、名前で呼んでくれよ」
「んー、隼人?」
「ヒュウ!悪くないな」
「(仮)だからね」
こうして、私と新開隼人の奇妙な関係が始まった。
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