トワイライト捨て猫のおめざめ
荒北靖友が自転車競技部に現れたのは、彼女が俺のリドレーに初めて乗ってすぐのことだった。
「何だ、あいつは」
そう俺が呟くと隣にいた新開隼人がまた寿一が変な奴を連れてきたとボヤいていた。
フクにローラーを回せと言われてひたすら回しているらしいその男は口が悪く第一印象は最悪だった。
「お疲れ様でーす」
後ろから部室のドアが開く音がして振り向くと名がいて。どうやら彼女も委員会で今部活に来たらしい。
「東堂、新開、お疲れ様」
俺たちに挨拶をしてからロッカーに向かっていた彼女の足は、奥にいるローラーを回している男を見て止まった。
「え…」
「どうしたのだ、名」
「あ、いや…あれって」
「あぁ、寿一が変なの連れてきたみたい」
「そう…」
辛そうで気まずそうな、でも嬉しそうな、今まで見たことのない顔をしていた名のその時の気持ちは、どのようなものだったのか。
「知り合いなのか?」
そう俺が尋ねると、「いや…」と有耶無耶な返事が返ってきた。
「姓」
ロッカーに荷物を置いている彼女の元にフクがやってきて、「少しいいか?」と問う。
「荒北、うちの部のマネージャーの姓だ。部のことで分からないことがあれば彼女に聞け」
そう言ってフクが彼女を紹介した瞬間、荒北はペダルを回す足を止める。
「アァ!?ッマジかよ…」
「よろしくね、アラキタクン」
「俺やめる、こンなとこ入んネェ」
彼女の貼り付けたような笑顔を見るなり青ざめた荒北は、入部を辞めると言い出した。
「何故だ」
「なんでもォ!!」
そう言って自転車を降りて出て行こうとした彼の腕を彼女が掴む。
「辞めんの?」
「辞めンだよ!」
「また見つけたんじゃないの、やりたいこと。ダサいリーゼント切ってまで!だからローラー回してたんでしょ!」
聞いたことのないような大きな声で彼女は荒北に問いかける。
「ッセーんだよ!」
「靖友!」
彼女が、彼を名前で呼んだ。その事に部室が一瞬ざわつく。
「逃げないで、ちゃんと向き合って」
そう言って荒北靖友を睨みつけるような目で見つめた彼女は周りにいた先輩に「お騒がせしました」と笑いかけてロッカーに戻ってきた。
「辞めるのか?」
「アァ!?辞めねェよ!!」
フクの問いかけにそう答えた彼はまた自転車に跨った。