葉がすれの音色
姓名と初めて会ったのは1年生の5月、緑の葉が桜の木を覆ったそんな中庭でだった。
入学早々、カッコいい、と騒がれるのは悪くない。まだ俺のファンクラブが出来るか出来ないか、そんな時期。
彼女は緑の葉の下で、頭上に広がる青い空をレンズ越しに覗いていた。
「何を撮っているのだ?」
特段の美人というわけではないか、横顔が何故か俺の心に留まり、気がついた時には彼女に声をかけていた。
「空が綺麗で」
こちらを振り向く彼女の上履きを見ればどうやら同じ学年らしい。
その足元には何枚ものインデックスで綺麗にまとめられているノートが開いていた。
「それは?」
ノートを指差すと彼女は照れ臭そうに笑う。
「今まで撮った写真のメモ…その時の感想とか。あとはこういう撮影方法が良かった、とか、まあ色々……纏めるの好きなんだ」
普段人に見せないから、恥ずかしいな、なんて言いながら彼女はノートを閉じた。
「名前を聞いてもいいか?」
「…姓名です。東堂くん」
「俺のことを知っているのか?」
「それはもちろん。人気者だから」
それから俺は彼女のクラスを聞いて、写真部なのかと尋ねた。
「残念だけど、箱学は写真部ないんだよね、まあ私のは趣味だから」
最近は放課後こうやって写真撮ったりしてるんだ、と教えてくれた。
「折角だし1枚俺のことも撮るか?」
いつもの調子で彼女にそう話すと、クスクスと小さく笑いカメラを構えた。
「光栄です」
彼女がファインダー越しに見た俺はどんな顔をしていたのだろうか。さぞ間抜けな顔をしていたかもしれない。
片目を閉じながらシャッターを切る彼女に俺は一目惚れをした。
「綺麗」
シャッターを切り終わった彼女はファインダーから顔を離して俺にそう伝える。
「青空と東堂くん。とっても似合うね」
嬉しそうに笑う彼女に、出来上がったら見せて欲しいと頼むと、勿論と頷いてカメラを仕舞った。
「それじゃあ、私はそろそろ」
そう言いながらその場を去っていく彼女の後ろ姿を暫くの間見つめていた。