下手くそな生き方の天才である
行為の後、逃げるように靖友の部屋を去った私がそれから彼の部屋を訪れることはなかった。
彼が箱根学園を志望校に決めたと母親を通して知ったのはそれから1ヶ月後のこと。
「名はどうするの」
制服が可愛い横浜市内にある学校か、はたまた写真部がある都内の学校か。
そんなことを考えていたのに。
「私も箱根学園にする」
口をあんぐりと開けた母親は、暫く言葉を失った後「あんたどんだけ靖友くんのこと好きなのよ、ストーカーよそれ」と呆れながら私を咎めたが、結局後々調べると私が好きな英語に力を入れているコースを3年次から選べると知り、父親を説得する時の味方になってくれた。
あんなことをされてまで、何故私は彼を追いかけてしまうのか。
でも、彼の心の底にある優しさを幼い頃から知っている私は、どうしても今の彼を放っておくことができなかった。
***
それからあっという間に卒業式を迎えて、家を出る日がやってきた。
父が車で学校まで送ってくれると外で準備をしていると、隣の家から原付のエンジン音が聞こえてきた。
「靖友くんも今日出るのかい?」
父が話しかけると彼は、「あぁ、ハイ」とぶっきらぼうに答える。
ださ、その髪型。なに?今時リーゼントって。
心の中で呟いた声は彼に届くことはない。
あの日以来、外で顔を合わせても話すことはできず。靖友の気まずそうな顔ばかりが、私の中の最新の靖友として記録されていく。
「名のこと頼むよ」
そう父が靖友に優しく笑いかけると「いや…」とボソボソ呟き原付に跨った。
「じゃあ俺、行きます」
「気をつけてな」
結局父と靖友が二言三言話しただけでこの日も私と会話を交わすことはなかった。
車中、父が「ちゃんと帰ってくるんだぞ」だとか、「写真部がなくても何か夢中になれるものを見つけられるといいな」なんて私に話しかけるから、家を出る決断をしたのは自分なのにすごく寂しくなって、父にバレないようにこっそり涙を流した。
寮に入り、隣の部屋の子との挨拶も終わり部屋に戻ると彼からの久しぶりすぎる連絡が携帯に入っていた。
「学校では構うな、他人のフリをしろ」
久しぶりの連絡でこれかよ。心の中に沸々と湧き上がる怒りをそのまま返事に込める。
「私もそんなダサリーゼントと友達だと思われたくないから話しかけないよ」
既読がついたから恐らくメッセージは読んだと思うけれど、そのまま彼からのメッセージを受信することはなかった。