「ひっ…く、……」

遠征帰り、道端で静か泣いてる女を見つけた。ナマエだった


「……ふぇ…っ…」
「よぉ」
「…っ、……けんじ…」


近づいてポンと肩を叩けばナマエは少しびくつきながら振り返る。ワシに向けられた目は赤く腫れて悲しみ帯びていた


「…どうした」
「……別に、なんでもないよ」
「なわけあるかい。泣いてるじゃろ」
「………」


ナマエは黙ったまま乱暴に涙を拭うと、ほんとになんでもないからっ!じゃ!と足早に立ち去ろうとした。が、それを許すわけもなく手首を強く掴んで引き止めると、今度は大いにびくつきながらワシに真っ赤な目を向けた


「彼氏と喧嘩でもしたんか?」
「……」
「当たりじゃの」
「…喧嘩っていうかー…」

気まずそうに言葉の続きを濁すナマエ、催促の意を込めて掴んでいた手首に力を入れれば渋々、といった感じで彼女は言葉を繋いだ

「…別れようって言われちゃったんだよね、あはは…は」


無理やり作った笑顔に気分が悪くなった。なんじゃその苦笑い、今にも泣きそうな顔して強がりも大概にせぇ。目の奥が全然笑ってないことに本人は気付いていない

「…どーしよー…別れようって言われたの初めて……他に、好きな人でも出来たのかな………っ、…」
「……」
「けっこう好きだったのに…っ…別れないとダメ、かなぁ…」
「……」


我慢できずにハラハラと流れる涙に心臓辺りが苦しくなった。その彼氏ってやつ、どこにおるんじゃ。こいつこんな傷つけおって何様のつもりじゃ、ぶっ殺したるわボケ

初めて見るナマエの泣き顔に、顔も合わせたことない男に殺意が芽生えた。と同時に泣き顔も可愛いな、なんて不躾なことも思ってしまった。ああ自分はきっと、自分が思う以上にこの女のことが好きなんだろう。だからこそこいつを泣かせる男が許せない、今すぐそいつんとこ行って気が済むまで殴り続けたい

綺麗な涙が夕日に照らされているのをじっと眺めながら、そんなことを考えていた




◇◇◇




「おはよう健二」

昨日のことが嘘のように、登校したナマエは元気はつらつとしていた


「ああ、おはよう」
「昨日はごめんね、あんな姿見せてしまって。どうか忘れて下さいな」

お前あのあと彼氏とは…と問いかけようとしたら、ワシが聞くまでもなくナマエからその話題を出してきた

「あのあと彼氏んとこ会いにいって話し合った結果、別れるのは無しになりましたー」

心配かけてごめんね、と紡ぐナマエの笑顔を見て落胆した。なんだ仲直りしたのか、昨日はあんなに泣いてワシに弱さ見していたのに

別れた方が良かったんじゃないか、そう言ってやろうと思ったら、教室の中で談笑してる自分の彼女と目が合った。ワシとナマエが会話してるのを見つけて駆け寄ってくる。そんなに好きではないにしろ、立場上は彼女の手前、あからさまな態度を見せるわけにもいかず、今度は自分が無理やりな作り笑いを見せる番だった


「…ほんまにお前は心配かけおって、アホんだら」
「ほんと忘れてね、マジ恥ずいから」
「あんなブサイクな泣き顔、忘れとーても忘れられんわ」
「相変わらず手厳しい〜」

「…おはよう、ミョウジさん」
「…?ああ、健二の彼女か!おはよ〜」
「…………じゃあの、今度は慰めてやらんで」


その作り笑いはナマエと別れた途端、一気に消える。なんか無性にいらついて、自分でも気づかないくらい早歩きに廊下を進んでいたらしく、後ろからオンナが待って、と小走りについてきていた


「昨日、ミョウジさんと何かあったの?」
「お前には関係ないじゃろ」
「……ごめん…」
「……」
「……」
「トビ」
「なんじゃ」
「なんでそんな怖い顔してるの…?」
「……、」


再びお前には関係ないじゃろ、と言おうとしたのだが、それすらも面倒に感じてオンナを無視した。


「…ねえってばっ」
「…うるさいのーお前」
「……」
「昨日偶然あいつに会ったんじゃ、泣いてたから訳聞いたら彼氏に別れよ言われたらしいで」


え、とオンナが動揺する。なんでお前がそんな顔しとるんじゃ、赤の他人が。


「そっ、それで、ミョウジさんとその彼氏は……」
「けっきょく、別れんかったらしいで」
「……そうなんだあ」


別れなかった、そう聞いてあからさまに安堵する目の前のオンナに怒りを覚えた。マジなんなんじゃこいつ、もう視界に入らんでくれ


「良かったねーミョウジさん。泣くほど別れるの嫌なんて、マジでその彼氏のこと好きなんだね。よかったよかった」


黙れブス


mae tsugi