「もひもひ、けんさん?」

夜中に電話が鳴った

「…何時思うとるんじゃ」
「いーちーじーはーーんっっ!」


始めは無視をしようと思っていたが、あまりにも終わらない長い着信に渋々通話ボタンを押すと、お相手は健二の彼女のナマエだった

いつもと様子がちがう


「……なんか用か?」
「迎えきてー」
「はあ?」


電話で起こされるというのはどうも気分が悪い、たとえそれが自分の彼女だとしても変わりはない。寝起きの不機嫌をそのままに、何故電話したのか聞くと意味深な返答をされた


「むーかーえーにーきーてーよーぉ」
「……お前もしかして酔っとるんか?」
「酔ってましぇ〜ん!」
「やっぱりの」
「酔ってないってばっっ」
「酔うてるヤツほどそう言うんじゃボケ」
「キャーー!バイオレンスッッ!」


時間帯に見合わない大声とふざけたしゃべり方に確信する

こいつ酔ってる


「…今どこにおるんよ」
「どこですかねー…あ、そこのお兄さんココはどこですかねえ〜」
「………」

キミ可愛いね〜迷子になっちゃったのかな?、なんて汚い声が電話の向こうから聞こえ思わず力が入ってしまった。携帯がミシリと音を立てる


「はいはい、お兄さん邪魔だからバイバーイ!またねー!」
「……」
「ねー健二むかえにきてよー」
「…死ね」


なにそれー!?と叫ぶナマエを無視して電源ボタンを押した。なんだあれ、ナマエって酔うとあんななのか。顔も知らない男に声かけるような女だったのか

「……」


もういい、あんなやつ放っておけばいいんだ。そう思いもう一度頭まで布団をかけると、さっきの汚い声が脳内でリピート再生し始めた。キミ可愛いね〜迷子になっちゃったのかな?キミ可愛いね〜迷子になっちゃったのかな?


「…ほんまアイツ……」

ばさっと布団から出た

ニット帽を被り、ダウンを羽織る。寒い外が寝起きのせいで100倍増しで寒く感じる。手がかじかむ前にナマエに電話をかけた


「ふぁい」
「…どこにおるか教えい」
「うるせーしね」
「………」
「ってけんさんがさっき言ったんだよー?しねって、ひでーわそりゃ」
「…悪かったからマジでどこにおるんじゃ?凍死するで」
「…せぶんのちゅうしゃじょー」
「了解」





寒くて眠くて怒ってて、さっきは乱暴な態度をとってしまったが、内心健二は相当ナマエを心配しているようで

「風邪ひくじゃろアホ」

駐車場のはしっこに座り込む彼女を見つけたのは、居場所を聞いてからものの数分。走ったのだ


「さ、さむい」
「言わんこっちゃないの」
「けんさん、さむい〜」
「ワシも寒い」


ほんのり赤い頬と、眠そうな目にホッとした。この酒臭さ具合から相当飲んだのがわかる


「ほれ行くぞ、立て」
「ん〜」

手をさしのべると彼女は素直にそれにつかまって立ち上がった、どのくらい長い時間こうしてたのか冷えた手はまるで氷のようだ


「なんでまたそんなんなっとる」
「新年会さっっ、バイト先の」
「…お前そんなこと言っとらんかったじゃろ」
「急に行くことになっちゃって、けんさんに連絡するの忘れちゃったの〜」
「アホ、心配かけんな」


えへへ、と無邪気に笑うナマエに「笑い事ちゃう!」と喝をいれたらシュンと枯れた

「ごめんなさぃ…」
「…、…まあ無事でよかったわ」
「……」
「女が夜中に一人でおるんは物騒じゃ、気をつけなアカン。アホな男ばっかじゃけぇ、いつ連れてかれてもおかしくなかったんじゃ。わかっとんのか?」
「…はぁい」


子供みたいに小さくなった彼女の手をぎゅっと握ってもう一度無事で良かったと呟いた。


「…お前、実は酒乱じゃったのか?」
「馬鹿言うんじゃないよ〜、この通り正常っ正常っ」
「見ず知らずの男に話しかけおって…」
「ちがうよー、あれは道聞こうと思ったの!変な目で見てくるからバイバイしたけど!」
「……はあ」
「あ、ため息ついたねっ!?」
「ついとらん」


年始早々手のかかる女だ、自分がどれほど心配したのかを彼女は知らない。

ちらりと横目でナマエを見ると彼女はシュンとショボくれていて、それがおかしくて健二はバレないように微笑んだ


「今日はウチ泊まれ」
「なんでー?」
「このまま家帰すより、一緒におった方が安心じゃけぇ。ウチ泊まれ」
「心配性〜」
「当たり前じゃ」


健二が意外と心配性なんだと知ったのち、ナマエは飲み会を自粛すると心に決めた

「なんでじゃ」
「だって、健二に心配かけんのヤだもん」
「気ぃ使っとんのか」
「まあね〜」



mae tsugi