053 (2/21)

朝から少し体がだるくて、もしかしたら夏バテかもしれないと思った。
でも、どうやらそうではないらしい。

「…わ、」

おろした下着についた血。……生理というやつだ。
4月にあった男女別の保健の授業を思い出す。
男子の方は分からないが、女子の授業では『初潮』というものを習った。
もう来ている子もいればこれから来る子もいますよ、と保健室の先生が言っていた。
ごく自然なことですよ、とも。

私にもそれが来たらしい。全然実感わかない。これと言った感想もない。
とりあえず、保健室行こう。たしか友達が、生理きたって言ってナプキンもらってた。
立ち上がり、ノブを下げる。水がザザー、と勢いよく流れ出たのを確認し、個室から出た。

扉の向こう側から、微かだがたくさんの足音が聞こえる。
始業式が終わったのかな、きっと生徒たちが教室へ戻っているんだろう。
手を洗おうと蛇口をひねると、同時に誰かが入ってきた。

「どーも」

二年のシノヅカさんだ。バスケ部の先輩の。
同じ部活ということあって顔はよく知っているが、部活中以外に話したことはない。
トイレしに来たのかと思い「おはようございます」と挨拶をして手を洗っていると、猛烈な視線を向けられていることに気づく。
シノヅカさんが私を直視していた。

「………先輩?」
「あのさ」
「はい」

凄むような低い声と目線。
なんだか少し怖くなって、洗っていた手と水を止めた。

「噂で聞いたんだけどね」
「……はい」
「ミョウジさんさぁ、ハセガワくんと付き合ってるって本当?」
「え?」
「夏休みの間にさ、お祭りあったでしょ?そこで、ハセガワくんとミョウジさんが一緒にいるの見たって、アタシの友達が言ってたんだよね」

思いがけない質問にびっくりした。
冷静に「付き合ってないですよ」と返す。
シノヅカさんが手洗い台に腰掛け、腕を組んだ。

「じゃあなんで一緒にいたの?」
「ハセガワ先輩に、夏祭り一緒に行こうって誘われたんです」
「ふーん」
「………」
「じゃあ手を繋いでたのはなんで?」
「…それは、」
「付き合ってないとさ、手とか繋がないでしょ」
「誤解です…」
「どこが?」

シノヅカさんの顔が怖い。

「こ、転けそうになったのを支えてもらっただけです」
「……」
「手を繋いでたわけじゃないです」
「それ信じていいの?」
「…はい」

さっきまで聞こえていた沢山の足音が、今はもうない。
シノヅカさんの切れ長な瞳が、私の目の奥の奥を見定めている。
嘘を、ついてしまった。つく必要なんてないのに。
喉の奥が急激に乾いていく。
ばれませんように…と、それこそばれないように願う。

「…わかった」
「……」
「ま、アタシが実際見たわけじゃないし、今回はそーゆーことで」

そう言い残し、シノヅカさんは出て行った。扉が盛大に音を立てて閉まる。

「……はあ、」

緊張が解けた。
途端、忘れていた痛みが戻ってきて、お腹を押さえた。
なんで、あんな怖い顔をして、ハセガワ先輩とのことを聞かれなきゃいけないのか。
いや、理由はなんとなく分かる。多分、好きなんだろうな、ハセガワ先輩のこと。

「私のことは、嫌いだろうなあ…」

ハセガワ先輩の件もだけど、それ以前に数ヶ月前の記憶が蘇る。

入部して初めての5対5のゲーム。
一年の私を監督が急遽二年チームに入れた。そのとき代わりに抜かれたのが、シノヅカさんだ。
あの時のシノヅカさんの顔は、今さっき私に凄んだ時の顔と同じだった。

「…、」

思い出して気分が鬱になった。
教室戻ろう。っと…その前に保健室行かないとだった。忘れてた。

考えていても仕方ない。
シノヅカさんは一方的ではなく、私の言うことにも耳を傾けてくれたわけだ。悪い人じゃない。
ハセガワ先輩の件も、ゲームの時のことも、誰にも非はない。
今日も部活はあるわけで、シノヅカさんが引退するまで練習も一緒にするんだから。
考えない、考えない。

保健室行って、はやく教室戻ろうっと。

12.08.21