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人生万事塞翁が馬 二



時は夕刻、場所は茶屋。腹の虫が鳴った少年を連れてやって来た此の店は、なかなか繁盛しているらしいく席は殆ど埋まっていた。一組席を立つのを見送って数分後、店員さんに名前を呼ばれる。……それにしてもお茶漬けをメニューに構える店なんて最近はあまり見なくなったなあ。


「おい太宰。早く仕事に戻るぞ。零お前もついてこい。これ以上こいつを追いかけ回すのは御免だ」
「わー……国木田さん、敦君のこのがっつき具合を見ながらよく仕事に戻ろうなんて言えますね」
「あ?」

ガツガツガツ! ── そんな効果音が聞こえてくる程に必死にお茶漬けを掻き込む少年を向かいの席でぼうと眺める。いやあ、すごい。国木田さんが私の視線を辿って溜息をひとつ。

「…ハァ。それにしてもだ…太宰お前!」
「む?」
「仕事中に失踪するわ零が見つけたと思ったら川に飛び込むわ。おかげで見ろ!予定が大幅に遅れてしまった!」
「国木田君は予定表が好きだねぇ」

眉間にきっちり刻まれた皺。苛立ちをよく表したそれが太宰の呑気な声に更に深くなった。私の斜め向かいに座る国木田さんは、肌身離さず持ち歩く手帳をバンっと卓に叩きつける。あらら、大事な手帳だと云うのに乱暴に扱っちゃって大丈夫?


「これは予定表ではない!理想だ!そしてこれには"仕事の相方が自殺嗜癖"とは書いていない」


じさつマニア、太宰を表すにぴったりだろう表現に国木田さんはいろんな呼び名をポンポンと出す天才だなあと静かに頬杖をつく。ここでこの感想を述べるととばっちりを受けそうだから黙っておこう。一方、茶漬けを頬いっぱいにした敦君は国木田さんの話に興味を持ったのか徐に口を開いた。おお、怖いもの知らずだね。


「ぬんむいえおむんぐむぐ?」
「五月蝿い。出費計画の頁にも"俺の金で小僧が茶漬けをしこたま食う"とは書いていない」

???? …── 隣に座る太宰と目が合った。

「んぐむぬ?」
「だから仕事だ!!俺と太宰は軍警察の依頼で猛獣退治を …─」
「君達なんで会話できてるの?」


次々と茶漬けを平らげる敦君を眺めながら、私は自分のお腹に語りかけた。おーいお腹の虫はどこいったー?威勢よくぐぅぐぅ言ってたじゃん!なーんて。鳴りを潜めたそれに、今度も駄目だったかと落胆する私を太宰が静かにみつめていたことには気付かなかった。


「はー!食った!もう茶漬けは十年見たくない!」
「お前…」

満腹満腹幸せいっぱい!初めましての時よりうんと晴れやかになった表情が可愛らしい敦君とは反対に、財布がすっからかんになるほど食べられた国木田さんは米神に青筋が立っていて面白い。二人の表情の落差を交互に見て楽しんでいる間に、どうやら話題は仕事の話から敦君の出生についての話に移っていた。

経営不信やら事業縮小やらで孤児院を追い出された敦君。世の中にはたくさんの不幸があるけれど、家も無ければ食べるあてもないまま毎日を迎えるのは何よりも苦しかっただろう。視線を落とした敦君に掛ける言葉がみつからない私の隣で、敦君の身の上話について太宰が素直な感想を述べた。


「それは薄情な施設もあったもんだね」
「おい太宰。俺たちは恵まれぬ小僧に慈悲を垂れる篤志家じゃない。仕事に戻るぞ」


「皆さんは……何の仕事を?」
「なぁに。探偵さ」
「うわ太宰、格好つけ過ぎ。声も作んないでよ」
「酷いよ零!そこは治君チョーイケてるぅ!って喜ぶところでしょう!」
「オサムクンチョーダサーイ」
「ッ…酷い!」


待ってましたとばかりに「探偵さ」なんて溜めて言うもんだから思わず悪態が口を吐く。わーいダサーいとパチパチ軽く拍手をする私とは対照的に、敦君なんてリアクションが出来ないくらいポカンとしていた。まあ、探偵?…探偵?…一体探偵とは…?ペット探しだとか浮気調査とかのアレかな?となる気持ちは分かるよ。


「探偵と言っても猫探しや不貞調査ではない。斬った張ったの荒事が領分だ。異能力集団"武装探偵社"を知らんか?」


昼の世界と夜の世界、その間を取り仕切る薄暮の武装集団 ─── 敦君にも聞き覚えがあったらしく、興味深げなその視線が太宰を捉える。………「ねぇあの鴨居 頑丈そうだね。例えるなら人間一人の体重を支えられそうな位」「立ち寄った茶屋で首吊りの算段をするな!!」「違うよ首吊り健康法だよ」「なに!?あれ健康に良いのか!?」…………敦君いまぜっったいこの頓珍漢な会話に本当にこれが武装探偵?なんて思ってるよね。首傾げちゃってるし。


「敦君、二人のことは気にしないで。とくに太宰は悪ふざけが過ぎるから」
「え、あ、」
「これでも私たち歴とした探偵だよー。お馬鹿な会話ばっかりしてるけど」

頬杖をついたまま にこりと笑うと敦君の頬が少しだけ赤らんで視線を逸らされてしまった。あらま、笑顔を向けられることにあまり慣れてないのかな。

「えっと…そ、それで…探偵の皆さんの今日のお仕事は」
「虎だよ」
「へ?」
「虎探しだ」

私の言葉を拾い損ねた敦君は、二度目の国木田さんの言葉を反復するように口を開いた。「……虎探し?」その反応はまるで、

「近頃街を荒らしている"人食い虎"だよ。倉庫を荒らしたり畑の作物を食ったり好き放題さ」


太宰の紡ぐ言葉に合わせて敦君の表情が段々と強張っていく。その怯えた表情は、太宰の言葉を引き継いだ私へと視線を向けた。


「それでね、最近この近くで目撃されたらしいんだけど ──」
「ッ、!!」


ガタン!と大きな音を響かせて倒れる椅子、同時に床に手と尻を思い切りぶつける少年。僕はこれで失礼しますと震える声で去ろうとする敦君の襟首を国木田さんが反射的に捕まえた。

「待て」


なぜ逃げる?なぜ怯える?どう見繕っても国木田さんの力に敵うわけはないというのに、尚も逃げようと手足をバタつかせる敦君に興味が湧いた。


「む、無理だ!奴に人が敵うわけない!!」
「貴様、人喰い虎を知っているのか?」


近頃、巷を騒がせている人食い虎。正当なルートからの情報収集はなかなか進みが遅く退屈していたところだった。これは面白くなるぞ。


「あいつは僕を狙ってる!殺されかけたんだ!!この辺に出たんなら早く逃げないと、ッ」


恐怖が最高潮に達したように見える敦君はこの場から逃げることで頭が一杯のようで、うーん これでは話が進まない。一発頬でも叩いて正気に戻そうか……そう思った時、国木田さんが暴れる敦君の足を払い、その細い体は呆気なく床に拘束された。途端に静かになる。


「云っただろう。武装探偵社は荒事専門だと。茶漬け代は腕一本か、もしくは凡て話すかだな」
「………っ!」
「まあまあ国木田くん。君がやると情報収集が尋問になる。いつも社長に言われてるじゃないか」
「………ふん」

「零も、面白いものみつけた!って顔しないの。腕なんて折られたら敦君可哀想でしょう」
「バレた?」
「このまま国木田君がヒートアップすれば面白くなるって考えてた。バレバレだよ」
「あはは」


少しだけ睨むように私を見る太宰。その視線は柔さを含んだもので本気で怒ってはいない彼に、両手の平を合わせて「ごめんね」と首を傾げる。ひとつ溜息を吐いて、太宰は床に座り込んだ敦君を至極優しい笑顔で見て言った。


「それで?」
「……… うちの孤児院はあの虎にぶっ壊されたんです」
「……」
「畑を荒らされ倉も吹き飛ばされて ── 死人こそ出なかったけど、貧乏孤児院がそれで立ち行かなくなって口減しに追い出された」
「 ── それは災難だったね」


視線を落とす少年。きっと孤児院での辛かった過去を思い出しているのだろう。
孤児院を追い出され、挙句に虎は自分を追いかけて来る始末。殺されたかけたという彼は、恐怖と怒りと不安が入り混じった表情を浮かべていた。


「あの人食い虎、ここまで僕を追いかけて来たんだ!」

河川敷を歩く腹は空いて今にも倒れそうな少年。不法投棄された鏡をふと見れば痩せた少年の背後に映る、虎 ───ッ「あいつ僕を追って街まで降りて来たんだ!!」


「空腹で頭は朦朧とするし、どこをどう逃げたのか」

敦君の言葉に国木田さんは興味深げに手帳にペンを走らせ、太宰は思案する素振りを見せる。ああそうだ、一つだけ確かめておこうか。

「それって敦君の妄想だったりして」
「!?零さん何言って」
「人食い虎だよ。敦君を追ってきたならもうとっくに喰われて死んでるんじゃない?」
「な、なんでそんな酷いこと、っ」
「零」
「国木田さんそんな睨んでこないでくださいよー。可能性のひとつとして言っておこうと思って。とは言っても目撃情報もあるし、事実虎は街にいる…ね、太宰」

職業柄、恐怖に怯える人間を何度も見てきた。一人ひとり怯え方には個性があって興味深い。その恐怖の奥底に見落としてしまってはいけない何かがあって、それを拾い損ねると大きな魚を逃してしまうことになる。惑わされず、見極めろ。


「………敦君。それいつの話?」


太宰の落ち着いた声が鼓膜を揺らした。