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人生万事塞翁が馬 参


彼らは言った。強くあれと。
死は救済ではなく、永遠に終わりのない地獄の始まりだと。

「諏訪お前はどんな異能を持っている」
「私は異能なんて持ってませんよ」
「真逆。あの太宰や中原と共に居て?」
「その真逆です」


私は思う。例え地獄であろうとも死んだ後に行く場所は此処なんかより一等良い処だろうと。


「……ならば先日の異能力組織をたった一人で壊滅させたという話は」
「ああ、あれですか?本当です」
「は?」
「異能は持ってませんが、異能力者が相手でも負けません」
「そんな突飛な話が…」


強くあれ。強く。誰よりも強く、生きるのだ。


「私がこのポートマフィアで死なずに生きている。それが証拠でしょう」


死にたくてもがいている。
でもこの世の凡ゆる生が私を赦さず、私は私を取り囲む死をただただ傍観するだけ。


「零死んでは駄目だよ」

どうして?貴方だって死を求めるくせに。

「単純なこと。私が寂しくなってしまうから。だから生きてよ」

私だって寂しい。誰も死なないでよ。寂しくて、泣けなくて、助けてほしくて、皆と一緒にいたくて、だから死なせてほしくて、でも生きるしかないんだよ、太宰。









十五番街 西倉庫。今夜此処に虎が出る。


「 ─── 孤児院を出たのが二週間前。川であいつ…"虎"を見たのが四日前」


拷問紛いの手腕を発揮する国木田さんを宥めて、解放された敦君に太宰が促せば記憶を反芻するようにゆっくり話し出した。国木田さんが敦君の言葉に合わせて、手帳に向けた視線を動かしている。

「確かに虎の被害は二週間前からこっちに集中している。それに四日前に鶴見川で虎の目撃情報もある」

太宰を見遣ればふと視線が合う。はいはいどうぞ、太宰の思う様に……そう気持ちを込めてにこりと微笑めば、真似るように口角を上げた彼が敦君を指差し名前を呼んだ。


「敦君、これから暇?」
「!」

この少年は心の底から生きたいと思っているように見えた。なんたって危機察知が抜群に冴えている。微笑む太宰に「嫌な予感がする」と震える姿はまるで迷子の子猫のようで可愛らしく見えた。

「君が人食い虎に狙われているなら好都合だよね」
「!」
「虎探しを手伝ってくれないかな」

さあて、見えない銃口を太宰に突きつけられた少年 ── 敦君に、拒否権など無い。





繰り返す。十五番街 西倉庫。今夜此処に虎が出る。

「星がよく見える」


ガラクタにも見える積荷に腰を下ろして倉庫の外を見る太宰の呟きが、冷えた風に乗ってすぐ傍の私の鼓膜を揺らした。

「うん。綺麗だね」

国木田さんは今頃、太宰に渡された紙切れにある走り書きに奮闘しているのだろう。国木田さんって大真面目だからこそ偶に損をするけれど、逆にいえば信頼できる仕事人だ。


「………本当にここに現れるんですか?」
「本当だよ」


夜風は冷たくものの数分ですっかり冷えた身体が、ふるりと微かに震えて驚く。嗚呼寒いのか。

「零、もしかして寒いの?」
「まずその物騒な本を仕舞ってから喋りかけてね太宰」
「辛辣だねぇ私の愛読書だと言うのに」

例えば冷たい夜の海に何時間も潜り続けたり、数センチ先さえ見えないような豪雨のなかを永遠に歩き続けたり、幾度だって経験しても身体が何時どのタイミングで生理的な反応をするのか私には分からない。人間の身体って不思議だ。


「仕方ないなあ。私の外套貸してあげる」
「要らない」
「ありゃりゃ意地っ張り?」
「そうじゃない。本当に要らないの。分かるでしょ」
「………」

袖を抜こうと動いた太宰に掌を見せて不要だと伝えれば、少し不満そうに口を尖らせて私を見る。そして数秒考えたと思えばすぐ側にいる私との距離を詰め、何故か私を一度抱えあげて自身の両脚で挟むように今度は私の身体を下ろした。まるで背後から羽交い締め…違うな…抱き締められてるようにも見えるぞ…?


「??????」
「わあ、零ってばキンキンに冷えてるぅ」
「いや待って太宰。なんで私に覆い被さってんの?」
「ほら指先も、心なしか首も冷た…これ感覚ある?」
「あるよ。太宰の顎が私の頭のてっぺんに刺さってるのもよく分かるもん」
「なら良かった」
「良くない」
「えー?」

太宰のスキンシップはいつだって急だ。まさか敦君のいる前でこんな至近距離に居なくてもいいだろう。完全自殺なんて大層なタイトルのついた本を仕舞ってさすさすと私の指先を暖めるように撫でるところから、なんとなく心配してくれているのだろうとは読み取れるのだけれど。


「あの、」

視線を感じる。茶屋から変わらず怯えた様子の敦君は、虎を捕まえたあかつきには懸賞金が手に入ると知った時の活気溢れた表情は何処へやら。ギラギラと金に燃える瞳より、怯えた今のほうが年相応に見えて可愛らしいのだけれど。

「敦君。心配いらない」
「…」
「虎が現れても私や零の敵じゃないよ。こう見えても武装探偵社の一隅だ」
「……はは、凄いですね。自信のある人は」
「敦君?」


背を丸めて小さくなる。落ち込んだ声に、思わず名前を呼んだ。人は誰しも不幸や不満や恐怖がある。それは一人ひとり色が違って、誰が一番かなんて競えない。


「僕なんか孤児院でもずっと駄目な奴って言われてて ──…そのうえ今日の寝床も明日の食い扶持も知れない身で」


私は私を不幸だと思わないけれど、私を指差して不幸で哀れな子だと決めつける人間は幾らだっていた。そんな彼らは一人ずつゆっくり苦しめて、


「こんな奴がどこで野垂れ死んだって…いやいっそ喰われて死んだほうが、」


いいなあ。簡単に死ねて。彼らに思うことはたった其れだけ。不幸だと苦しいと逃してくれと、その先の死を求めてあっさり辿り着ける。羨ましい。

「太宰?」

ふと目の前が真っ暗になって、それが太宰の暖かい掌が私の目を覆ったせいだと気づく。駄目だよ、小さい囁き声がすぐ傍で私に言う。ほら、私は赦されない。


「却説 ─── 」

閉じずにいた目を覆っていた闇に薄らと光が差した。どうやら月が顔を出したらしい。太宰の掌が離れ、目の前が完全に開ける。

「そろそろかな」


ガタンッ!

「!!…今そこで物音がっ!」
「そうだね」
「きっと奴ですよ!太宰さん!」


空気が変わる。敦君の恐怖がこちらにも伝わるようで、寒さとは別の感覚にふるりと体が震えた。そんな敦君とは違い呑気な太宰は私の首に腕を回してぐぅっと体重を掛けてくる。重い…


「風で何か落ちたんだろう」
「ひ 人食い虎だ…僕を喰いにきたんだ!」
「座り給えよ、敦君。虎はあんな処からは来ない」
「ど、どうして判るんです!?」

敦君の口から発された言葉は、当たり前だといえば当たり前な疑問だった。恐怖に支配された少年のその目をじいっと見詰めてみる。太宰は正しく彼に答えを与えるだろうか。

「そもそも変なんだよ敦君。経営が傾いたからって養護施設が児童を追放するかい?大昔の農村じゃないんだ」
「……」
「いやそもそも経営が傾いたんなら一人二人追放したところでどうにもならない。半分くらい減らして他所の施設に移すのが筋だ」
「……太宰さん、何を云って…」

月が顔を見せる夜。怯えた獣は力を振るった。


「君が街に来たのが二週間前、虎が街に現れたのも二週間前。君が鶴見川べりに居たのが四日前、同じ場所で虎が目撃されたのも四日前」


それでも怯え続ける獣は知らない。己の秘めた力に。


「国木田君が言っていただろう。武装探偵社は異能の力を持つ輩の寄り合いだと。巷間には知られていないがこの世には異能の者が少なからずいる」


その力で成功する者もいれば、力を制御できず身を滅ぼす者もいる ─── … ドクン、ドクン、酷く痩せた少年の身体が (嗚呼それはまるで異能だ) 徐々に虎のそれへ変貌していく。


「大方、施設の人は虎の正体を知っていたが君には教えなかったのだろう」


そう、君だけが知らなかったんだ。
ふと身体の重みが消え、太宰が離れたことに気付く。そうだ、此処からは私の出番 「── 零は見ていて」… 太宰?


「君も"異能の者"だ。現身に飢獣を降ろす月下の能力者 ──」

獰猛な巨体が太宰に牙を剥く。これくらいじゃ簡単には死なない男だと知っていても少しだけ心配になってしまう。若し、太宰がもし殺られたとして、私は、


「こりゃ凄い力だ。人の首くらい簡単に圧し折れる」


振り下ろされた腕を既の所で避ける太宰に思わず拳を握ってしまう。見ていて、なんてまるで私にとっては拷問みたいなものだ。

ガンッ!ドンッ!!!

響く轟音はあまり不快ではなく何となく懐かしい振動は、傍観していろと言われた私を余計に苛つかせる。壁際に追い込まれた太宰は煙でよく見えないけれど、恐らく虎を見上げて笑っているのだろう。


「獣に喰い殺される最期というのも中々悪くはないが

── … 君では私を殺せない」


太宰の指先が虎に触れる。終わりだ。
息を吐く間もなく、私は駆け出した。



「それで、………なんで零 敦君を抱いてるの」
「言い方!地面に打つかる前に"受け止めた"の!」
「なーーーんで私じゃなく敦君を抱くの!?」
「だーかーらー言い方が悪い!!!強く地面に打ち付けられる前に"受け止めた"の!」

太宰のことだ。力尽きて倒れ込む敦君を予想していても受け止めることはしないだろう。力を使い切って倒れる中也さんを「男とスキンシップする趣味はない」なんて言って置いてけぼりにする奴だ。倒れた上司を車まで運ぶ役は何時も私だったのだから間違いない。小柄とはいえ私より大きく鍛えた男性を運ぶのはかなりの重労働である。



「ッおい!太宰!!」

倉庫の入り口から国木田さんの声がした。騒ぎを聞いて走ってきたらしい。肩で息をした国木田さん、目が血走っていてどうやらかなりお疲れのようだ。たくさん走り回ったんだろうなあ。

「ああ遅かったね。虎は捕まえたよ」
「! その小僧…じゃあ、そいつが」
「うん。虎の能力者だ。変身している間の記憶が無かったんだね」

「全く、次から事前に説明しろ。零もだ。太宰の思惑を知っているなら補足くらいしても良いだろうが。肝が冷えたぞ」

国木田さんが懐から出した紙切れ、それは太宰が茶屋で渡したメモだった。" 十五番街の西倉庫に虎が出る 逃げられぬよう周囲を固めろ " 見慣れた太宰の文字だ。

「ごめんなさい国木田さん。訳が分からず慌てて走り回る国木田さんを想像したらちょっと面白いかなーって思って、」
「おいコラ………とにかく、おかげで非番の奴らまで駆り出す始末だ。皆に酒でも奢れ」


月明かりが逆光になって見え難いが、どうやら駆けつけられる全員を集めたらしい。与謝野先生に賢治くん、乱歩さんまでいる。疲れ切ってスヤスヤ眠る敦君をゆっくり地べたに降ろせば、全員の視線がその寝顔に向いた。


「その人どうするんです?自覚は無かったわけでしょう?」
「どうする太宰?一応 区の災害指定猛獣だぞ」

賢治くんの問いに敦君から太宰へと視線が集中した。太宰の思惑を知る私は、敦君の寝顔を見続ける。

「うふふ。実はもう決めてある

………うちの社員にする」


「「はあ!?」」


否、思惑を知るなんて大層なことは言えない。彼の脳内は想像以上に何百もの選択肢とそこから得られるだろう結果を測っているのだから。ある程度は思考を合わせることは出来ても、全てを、なんて烏滸がましい。
今回に関しては、茶屋で虎の正体に気づいた時点で探偵社に入社させる気満々なのは気付いていたけれど。じゃなきゃ私一人で事足りる虎退治に、わざわざ探偵社員を呼び集めたりしないし、彼を傷付けないように私ではなく太宰自ら立ち向かうなんてこともしないだろう。ただ、なぜ入社させるに思い立ったのか、それはまだ私には分からない。




「ねぇ太宰」
「ん?」
「お茶漬け食べたい」
「!……お腹空いたの?」
「分かんないけど、敦君見てたらなんとなく」
「そっか。零から食事の誘いなんて嬉しいね。仲間も増えたことだしお祝いに寿司でも食べに行こうか!」
「? ……耳が馬鹿なの?」
「冗談。茶漬け、食べに行こう」
「うん」


月が輝く美しい夜。差し出された太宰の手を取り、私は今日も生きた。私には太宰の思考の全てを知る術は無い。手を取った私に少し驚いたように目を見開きそれから嬉しそうに微笑む彼が、私にどんな価値を見出してこうして傍に置くことを選んだのか、だとか。


「あ、敦君どうしよ。スヤスヤ寝てるよ」
「国木田くんが運んでくれるでしょ。寮も手配させたし」
「全部やらせて…また怒られちゃうよ」
「いーのいーの」

これから始まる怪奇譚に向けて、物語は動き出した。