×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
人生万事塞翁が虎


「お茶漬け食べたいなあ」
「零が食事の話をするなんて。珍しいこともあるもんだ」
「んー、お腹が空いてさ」
「へぇお腹が。それなら近くの …… お腹が空いた!?」
「え、なに。そんな驚く?」
「そりゃあもう!吃驚だよ!」


長い付き合いだけれど君に食欲が存在するなんて知らなかった!ばっちり抑揚のついた身振りと声色で驚きを最大限に表現する太宰に、煩いと耳を塞ぐ。
塩っぱい梅干しに温かい出汁とご飯。嗚呼、鮭でも良いかも。胃に優しい食事を脳裏に浮かべて、舗装された道をてくてく歩く。一体何をしているのかと言うと、太宰と調査に出掛けた筈の国木田さんから「奴を見失った」と連絡が入り、捜索に探偵社を出た次第。太宰は河川敷をふらふら歩いている所を直ぐに発見した。


「なにしてんの」
「零!こんな処でどうしたんだい」
「国木田さんからの捜索依頼」
「もう。国木田君はそうやってすぐ零を使いっ走りにするんだから」
「誰のせいだと?」


昔馴染みというのは良いのか悪いのか、太宰に困ったら皆手始めに連絡を寄越してくる。国木田さんには、太宰の手綱をしっかり握っておけとも言われたけれど、それは相棒である国木田さんの仕事でしょ と、断ったのは記憶に新しい。

「フフフ。ところで零。今日の川は一段と澄んでいるように見えないかい?」
「?言われてみればそうかも…って、あー!」

じゃぷん、長身の男が飛び込んだ割には可愛らしく水面が鳴る。珍しくお腹が空いたからお茶漬けを食べに誘おうと思ったのに。

「どうせまた未遂で終わるんだから諦めなよ」
「じゃあね!零」

にこにこと手を振る太宰に呆れてしゃがみ込む。一段と澄んでいると評価された其れに指先を浸ければひんやりとして気持ちが良く、暫く水で遊んでいると不思議なことに空腹が遥か向こうに消えていく感覚を覚えた。一人で食べても寂しいだけだし、お茶漬けはまた後にして探偵社に戻ろうか。





国木田さんに太宰を逃したと報告を入れて、帰り道をゆっくり進む。あの迷惑増幅器め!!と電話越しに怒りを爆発させる国木田さんは、ストレスで禿げてしまいそうで私の良心が何故か痛む。太宰には茶化すのも程々にと言っておこう。

それにしても、彼は今回も死ねないだろうからあまり心配はしていないが、あの冷たさは風邪を引いてしまうんじゃないか。太宰は風邪を引くといちいち私を呼び出してくるので迷惑極まりない。

死ぬ時は私に目もくれないくせに、風邪なんか引くとすぐ連絡を寄越してくる。太宰を理解するのは到底無理だと分かってはいても「零、私は今ものすごく苦しくて死にそうだよ…」と、まるで常に死を渇望している人間とは思えない台詞を吐く姿は不思議でならない。苦しんで死ぬのは嫌だと弱々しく駄々を捏ねる彼の姿は嫌いではないけれど、本心でそう言っているようには見えず、優しさを享受するための偽りの台詞にも感じるし、けどそこまでして私を傍に置く必要性も感じなかったり。だって彼は幾らでも好きに綺麗な女性を傍に置くことができるのだから。自分を好く人間を傍に置けば、身の世話も何もかも喜んでやってくれる筈。そう、不思議だよね太宰って。



「君かい?私の入水を邪魔したのは」
「邪魔なんて!僕はただ助けようと!── 入水?」

川の流れに沿って歩いていれば、ふと聞こえた声に視線を寄越す。あ、太宰。

「知らんかね、入水。つまり自殺だよ」
「は?」

まさか溺れたところを救助して文句を言われるなんて思ってなかったのだろう。袖や襟がところどころ解れた服を着た少年は、太宰に奇怪なものを見る目を向けていた。うん、世間の百パーセントが同じ反応をするに決まってる。置いていかれる相手のことなんて構わずさも当たり前に自殺と紡ぐ彼に、さあて 恩人を困らせておくわけには行かないと足を向けた。


「だーざいー」
「あ、零!また会うとは奇遇だねぇ」
「二度と遭遇しないように態々ゆっくり歩いていたのに」
「酷い」

だって面倒だもん。川から引き上げられたままびしょ濡れで座り込む太宰の髪をするりと撫でて言う。大の男が「ぶぅーひどーい」なんて唇を尖らせても可愛くない。

「? お知り合いですか」
「同僚だよ。助けてくれてありがとう、少年…ええっと、」
「あ、中島敦です」
「そう。私は諏訪零です」
「…あ、」

スッと手を差し出せば慣れないように握手を交わす。格好から浮浪者にも見えたけれど、よくよく観察すればそうでもないようだ。

「この人が迷惑をかけたね」
「え、あ、いや…」
「ほら!太宰も何か言いなよ」
「えー」
「人に、迷惑を、かけない!」
「ええー」

握手した手を上下にブンブンと動かしながら太宰を見る。なにが気に食わないのか顔を歪めてその手を凝視する彼は、数秒置いたのち、立ち上がった。

未だ上下に振って遊ぶ私の腕を急に掴むもんだから慌てて敦君と手を離した。ちょっとなに。敦君の腕が引っこ抜けたらどうすんの。


「人に迷惑をかけない清くクリーンな自殺が私の信条だ」
「……?」
「なのに君に迷惑をかけた。これは此方の落ち度。何かお詫びを ──」

ぐぅぅぅぅ

聞こえた音に、おや?と少年を見る。目があった敦君は恥ずかしそうに目を逸らした。

「ふふ。空腹かい?少年」

ふと掌に温もりを感じで横を見る。太宰の指が私のそれに絡まり、私は首を傾げた。さっきまで川に沈んでいたというのに温かい指先がなんだか可笑しい。私なんて数分前にちょこっと水面で遊んだだけなのに、まだ指先は冷えたままだ。

「じ、実はここ数日なにも食べてなくて…」


ぐぅぅぅ

「あ、」

私の腹も鳴った。

「え?」
「ふふふ」



── …… これが、太宰と私と少年の出会い。