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恋のおまじないがあるらしい


中也の部下は優秀で評判が良い。
その実力は武闘派である黒蜥蜴を相手取るのに、彼女ひとりで事足りると言われる程。あまりにも殺しに向き過ぎた能力は異能では無いのだから驚きだろう。異能を使わず、現場に個人を特定するような証拠すら残さない。軍警に名も顔も知られることはなく白昼堂々と大通りを歩けるのだからマフィア内でも特に重宝される人材である。

生意気な同僚、相棒の部下、
愛おしい私の友人。


「あっち行ってろ、太宰」
「なんで?」
「なんで?じゃねェよ。仕事の邪魔なんだよ」
「良いじゃない別に。私はレイにくっついているだけなのだよ」
「ッそれが!邪魔っつってンだよ!」


陽が沈んだばかりの空は薄らと細い月が見える。ここ暫くは寒波が引き連れたのか雲が多く天気の悪い日が続いていた。空を覆う雲が街の灯りを反射し夜でも少しばかり明るい。
寒空の下ではなく此処は室内だけれども、矢張り人肌というのは良いものだ。相手によるのだけれど。


「ねぇ。レイ。暖かくて良いよねぇ」
「…………太宰」
「なあに?」
「暑っ苦しい。離れて」
「ガーン……治くんショック…」

「自分でガーンなんて言うなよ。気色悪ィな」
「五月蝿いよ中也。私はいま傷心の身なのだから。あ!そうだ。レイちゃん、傷心の私を慰めておくれ」
「此奴頭イカれてんのか?」


仕事の邪魔、目に毒。永遠に呪詛を唱える中也に呆れて、細い首に回していた腕を退ければ途端に冷えが身体を襲ってくる。暖かさが名残惜しい。


「レイ。最近は良く眠れている?」
「"良く眠れた"の基準が分からないけど、睡眠なら取れてるよ」
「嘘だ。昨日も一昨日もその前も…一晩中 自室の灯りがついていたじゃない」
「オイコラ太宰。手前うちの部下の自室までストーキングしてんじゃねぇぞ」
「ねぇ中也。幾ら君が馬鹿でも自分の部下の寝かしつけくらいしっかりやったら?」
「赤ん坊じゃねンだから んなことするわけねぇだろ!」


騒がしい騒がしい。ただの幹部候補だというのに立派な執務室を与えられている彼はその立派な仕事机に拳を叩きつけようとした。レイが「中也さんもうそれ新調しませんよー」と、片眉をひょんと上げ少しだけ茶化した口調で言う。彼はかれこれ二、三度はその拳で仕事机を破壊している為、ぐっと喉を鳴らしたあとわなわなと震える拳を納めた。


「待てが出来るようになったんだねえ」
「クソ太宰…っ」


よく調教されている!パチパチと拍手をすれば収まった拳がまた顔を覗かせた。駄目だよ中也、仕事机を何度も用意させられるこの子の身にもなってよ。中也の指揮っている宝石を幾つ仕舞っても壊れない丈夫な仕事机を何度も頼む度に業者に「また?」と怪訝な顔をされるのはレイなのだよ。


「太宰も。さり気なく私のこともおちょくるの止めてよね」
「ありゃ?バレた?」
「私これでも十六だよ。寝つくのに子守はいりません」
「こりゃ失敬」

「そんなことより太宰」
「なあに?」


彼女と出会ったのは何年も前、森さんが首領になった頃。中也とレイと私はほぼ同時期に出会い、なんだかんだと仲間になった。このマフィアという巨大組織で。


「どうしてここ数日、毎朝私の部屋のある階に花を活けていくの」
「気づかれちゃった?」


首を傾げて私を見る。嗚呼その青白く細い首は、簡単に片手で握るだけで折れてしまいそうだ。それから薄い皮膚にナイフで傷をつければ、その血の色はきっと彼女の肌の上に綺麗に映えるのだろう。


「なんだ手前、本当にあれやってんのか」
「ちょっと中也」
「あれって?」

中也が口を挟んでくると、折角私を見ていたその視線は中也に向けられてしまった。妬けてしまうよ。


「エリス嬢が言ってたんだ。一年間、毎日花を欠かさず飾るんだと。条件はひとつ、花は毎日違うもの。一度でも花が被ると無効らしい」
「女学生が好きそうだね」
「恋が叶うんだってよ。それ聞いた時の此奴の顔と言ったら…」

「へぇ」と感心したように彼女は言った。


「心中も良いかもって太宰が言ってたのは聞いたけど…意外と真面目に相手を探してるんだね」


彼女は純粋に、感心したように言った。
思わず目を瞬かせる私に、数秒遅れて理解したらしい中也が指さしてガハガハと笑い出す。ちょっとレイ、流石にそれは酷いでしょう。


「一年間も毎日違う花なんて女学生がやるには難しい条件だけど太宰なら余裕だね!応援してる」
「………レイのお馬鹿…」
「??」


エリス嬢から聞いた時それはもう まさに良いおまじないだと思った。まじないなんて信じる性分ではないけれど、これこそ超がつくほど鈍感な彼女に良いかもなんて思った私のほうが馬鹿だったのだ。


唖然とする私を見て、そろそろ哀れだと思ったのか中也が助け舟を出すように話し出した。


「なあレイ」
「なんでしょう、中也さん」
「お前の住居のフロア、他に女はいるか?」
「居ません。というか、ほとんどが客室なので普段から空いていて実質フロアには私ひとりです」
「そのお前しかいないフロアに此奴は花を毎日替えに通ってんだぞ」
「??……今時、花を愛でるのは女性だけなんてことは無いですが、幹部のプライドでもあるのかと。だから私以外に人がいない場所なら好都合かなって、」
「ブフッ……拷問相手の手足を引きずって歩いてそうな幹部様が可愛らしい花を愛でるのは…そりゃイメージ的に…ぷくく…っ」
「笑うなら潔く笑い給えよ蛞蝓」
「ア゛?んだとクソ太宰!俺はなァ手前ェの窮地を救ってやろうと…花を愛でる幹部サマねぇ威厳も何も…ぷぷぷ」


レイは頭に?を浮かべている。なんなら、あまりに毎日可愛らしい花を置くものだから、それに似合うアンティークの花瓶を買って置いておいたのだと言った。どこの誰が始めたかも分からないのに、私だと当たりをつけてそんなお人好しなことをしてしまうところが彼女らしく愛おしい。


「太宰だとちゃんと分かって良かった。よければ花瓶、使ってね。一輪挿しだから小さいけれど」


そういう彼女に、中也はぽつりと呟く。小声だというのに嫌にハッキリと耳に届いた。


「俺が言うのもなんだが…報われねぇなァ。普通なら自分しかいない空間に花を置く時点で察しがつくってェのに」
「五月蝿い」


この子は仕事の良く出来る子だ。完璧なその仕事ぶりは跡を残さず、軍警の闊歩する昼間を堂々と歩ける程に。でも殺し以外のこととなるとこうも鈍くて扱い難い。どうしたものかと思案する。


「なあレイ」
「はい?」
「俺も始めようかな。其れ」
「恋のおまじないですか?」
「とりあえず花を愛でるような知り合いもいねぇし、お前に毎日届けてやる」
「わあ!いいですね」


ちょっとどさくさに紛れて何言い出すんだい中也。キッと睨みつければ、してやったり顔で相棒が笑う。尊敬する上司から花をプレゼントしてやると言われたレイは純粋に嬉しそうに頬を緩ませていた。
また彼女は中也を見る。花でもなんでも良いから、何を差し出せば私だけを見てくれるのだろう。


「あ、このまじないって花の差出人の正体がバレたらお終いとかあります?」
「さあ?エリス嬢は何も言ってなかったし無いんじゃないか?」
「なら、」


中也へ向いていた視線が、するりと流れるように此方へと向いた。


「太宰、明日からも花、待ってるね」


ゆるり、頬を緩ませて彼女が言う。
そう、それはまるで花のように









それから四年。


「そういえばレイさん」
「なあに?敦君」
「花、定期的に変わりますね。花瓶もアンティークのようですし…お好きなんですか?」



探偵社の事務机、各自割り当てられたそれは資料を整理したりお菓子を並べ吟味したり各々自由に使っている。
お隣さんである敦君がふと気付いたように問う。かつてアンティークショップで買った小振りな花瓶は定期的に花が活けられ、その度に其れは私の小さな仕事机を彩った。そうだなあ。これを買ったのは確か四年前で、


「んーこれはねー」
「最初の頃はレイの趣味だと思ってたが…」
「あ、国木田さん」
「花を持ってくるのは毎回太宰だ。しかも枯れる頃合いを見計らって新しい花を持ってくる」
「太宰さんが?」
「うん。そうだよ」


エリス嬢に教わったという恋のまじない。あれを太宰が始めて数ヶ月後に太宰は組織を離反した。ぷつりと途切れたそれに、柄にもなく太宰の恋路は大丈夫かと心配になったものだ。恋路というより心中相手探しだけれど。

探偵社でこの何処にでもあるような殺風景な仕事机を宛てがわれた時ふと思い出したのだ。彼が覚えているかは分からないけれど、おまじないを再開しよう、と。


「太宰さんが花を…意外ですね」
「そうだね。私も最初は驚いたよ」


太宰と私の分を足して一年。毎日花を替え続けた後、役目を終えたアンティークの花瓶は、心なしかショップで購入した頃より古びて見えて、過ぎた月日は短いようで長いものだと実感した。それまでの間、太宰は気付いた様子もなかったけれどそれでいい。これは私の自己満足だ。

今度は家でドライフラワーでも活けてみようか。色合いが合うかもしれない。そう思案していた時に、斜め向かいに仕事机を構えた太宰が思い出したように私に言ったのだ。


「明日から私が花を差し入れよう」
「……覚えてたの?」
「勿論。私が忘れるわけないよ」


乱雑に置かれた書類の山の上で頬杖をついた太宰が私を見て微笑む。私が引き継いだ彼のまじないは叶ったのだろうか。それを聞くのは野暮だろうか。


「私が居ない間、気にかけてくれていたんだね」
「お節介だった?」
「いいや、嬉しいんだ。ありがとう」


ある日、エリス嬢から聞いた。太宰と中也さんに言った話は全くの出鱈目で、エリス嬢の作り話だったと。太宰がそれに気付かない筈はないのだけれど、彼の思考は矢張り長く側に居ても分からないことだらけだ。


「なら太宰、明日からは枯れるまで生けておきたいな。まだ生きているうちに替えてしまうのってなんだか花に申し訳なくて」
「仰せのままに」



「私を想ってくれて嬉しいよ。エリス嬢にはお礼を言わなきゃ」
「中也さんも欠かさずくれたなあ、お花」
「……チッ」


窓から入る風に合わせて微かに揺れる花。
今日も誰かの想いをのせて、其処に在った。




私たちの小さなおまじない






Nope本編に絡んだお話の予定でしたが、書き進める内に方向がおかしくなったので短編括りで仕上げました。なので冒頭がかなり殺伐とした雰囲気です。甘いお話たまには書きたいけど難しい…(反省会)